新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

秋を待ち、サーカスは海を渡る。

草薙剛の一件では、記者会見で石原慎太郎が「公然猥褻?全裸ってのは猥褻なの?」と返したのが唯一いい思い出になった。


ジェリーが今週のRUBY Roomは観にこいと云うので仕事をひけた後、渋谷へ下る。

同行するはずの奴らはみんな音信不通だ。


円山町あたりの呼び込みは相手構わず声をかけている。

「そっち行ってももう店ぁないよ、どうせ戻ってくることになるよ」

今夜のRUBY Roomはいくらか空いていたが、だいたい席は埋まっていて、ソファで女を口説きながら飲んでいる奴らとテーブルで女を口説きながら飲んでいる奴らと、カウンターで女を口説きながら飲んでいる奴らを足すと、それで全員といったところだった。


ステージを降りたジェリーが知人を紹介するためにカウンターへやってきた。

ジェリーはいくつになったのだろう。50歳を越えてから、数えるのはやめた。

「俺にはロックしかないからさ」と真面目な目で云うジェリーには本当にロックしかない。

短パンにスニーカーでも凄まじいギターを弾くが、7年前に初めて会ったときにも彼女の実家から送られた米を食っていた。

たぶん今も仕事をしていないが、今夜も凄まじいギターを弾いた。


高校生になろうかというジェリーの息子。

ジェリーと違ってちゃんと靴下を履いていた。

「ファンキーな親父でよかったな」と声を掛けると「ちょっとブサイクですけどね」と返しは上等だ。

新しい、というかたった今できつつあるジェリーのバンドはドラマーはBLUE MANのメンバーだった。

「ちゃんとライブ、やれよ」と云うと、ライブハウスはつまらないとジェリーが吐き捨てた。

「じゃあどうする。テキサスへでも行くか」

「うん、BLUE MANの公演が11月までやってるからさ、それが終わったら彼とほんとに行こうと思って」

テキサスは20代のジェリーが1回目のアルコール中毒を患った土地だ。

ふと風を待つ渡り鳥か、雪解けを待つサーカスの一座をイメージした。

あいつの恋が終わったら、俺たちは南へ移る。なに、長くはかからんよ。

ステージでは若いドラマーと組んだグレッチが何事か歌っているが日本語がうまく聞き取れない。

どのみち彼らも今夜は三曲でステージを降りる。

そういうルールなのだ。


「身体、大事にしろよ」

階段を降りるとき、そう声をかけたのはジェリーの方だった。