新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

回想・積車・環状6号。

冷却水がダダ漏れだったクルマが直った。

ペットボトルに水を補充しながら走る日々が終わる。

旧居には駐車場がなく、クルマはずっと会社の駐車場に停めっぱなしだったのを、工場から引き揚げたあと新居まで回した。

クルマを運ぶためのドライブ。回送。


このクルマで最後に事故を起こしたのは四年前。

相手は前日に会社を辞めたばかりで、少しいろいろと整理する時間が必要だったのだろう。行き先も決めず借りたワンボックスで西新宿の自宅を出たばかりのところだった。

ただここから移動するためだけの、メタ・ドライブ。その出鼻をくじいたのが僕だった。

その前の事故と同様、相手は完全に停止していたため、当てた瞬間に「あ、俺のせいだ」とわかるタイプの素直な事故だった。

携帯電話の充電が切れていたため、警察を呼んだのは相手だった。

処理が終わったあと、相手は旅の続きへと出かけ、現場には僕と警官とクルマと、はずれかけたバンパーが残された。

このまま乗っていっていいかと訊く僕に、危なすぎるからと警官は渋り、ではどうしろとも云わずに自転車を漕いで去っていってしまった。


とにかく運転するなと云われた僕は近くのコンビニでビールを買い、クルマのなかでこれを飲みながら、買った電池で名古屋にいるクルマ屋へ電話をかけた。

「お困りでしたら僕がいまから積車で取りに行きます」

クルマ屋というのはなぜ夜になると無茶を云うようになるのだろう。

壊れかけたクルマを停めてお前が来るまで待っていたら、今度は違う咎を受けそうだからと断って切った。

結局1時間後に積車を回したのは保険屋だった。

その頃には僕はもうベロベロに酔っぱらっていたので詳しいことは憶えていない。


帰路の山手通りはもう工事が終わっていて、あの頃のような渋滞もない。

で、あればあのときあんな抜け道は使わなかっただろう。

だが酒を断って二週間近くが経ったいま、もしまた同じ事故に出遭ったとしたら、僕はやはり運転席でエンジンを切り、酒を飲み始めるだろうか。


浴びるように酒を飲み続ける僕を案じたある人が、それはきっとひどいストレスのせいなのだろうと云ってくれたことがある。

「いやなに、酒におぼれるやつなんてのは結局、自分を憐れんでいるだけに過ぎませんよ」

云った瞬間に自分で驚くほど冴えた一言だった。


自宅近くに借りたばかりの駐車場へ停める直前、結局僕は電柱でクルマの腹をこする。

「あぁ」という自分の声が聞こえた。

そのあと僕はエンジンを切り、荷物をまとめてロックをかけるとこすった痕をたしかめようともせず、家に帰ってサラダを食った。


13日間、一滴の酒も飲んでいない。

18歳以来の記録が静かに更新される。