新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

三十男と十七歳の少女の「純愛」をめぐる政治的正しさについて。

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本年39冊目は「ハリー・クバート事件 上・下」(ジョエル・ディケール/東京創元社Kindle)。

2年連続の年間50冊目標到達が視野に入ってきたので満足度ハンパない。Kindle率非常に高し。

ハリー・クバート事件(上下合本版)

ハリー・クバート事件(上下合本版)

 

「面白くて一気に読んでしまう」という評判にはそれほど偽りがないものの、推理小説ではなくサスペンス様の物語であることには注意が必要。その他一冊の書物を巡る書物を模した書物という意味で「本の本の本」であること、語り口の緩急は読ませるというよりやや雑に思われることもある点、善良な小さな町の住人たちが捜査に協力していくうち、その暗部が徐々にされされていくというプロットがデヴィッド・リンチの「ツイン・ピークス」を思わせることなどなど、得た感想をほとんどすべてみごとに書き切っている「訳者あとがき」が一読の価値あり。

 

処女作で100万ドルの契約を勝ち取り一躍セレブの仲間入りを果たした新人作家の「ぼく」は話題作を書き上げた作家にありがちなスランプ「ライターズ・ブロック」に陥り次の作品に手がつけられなくなっていた。頼った先は大学時代の恩師で小説家のハリー・クバート。三十代で不朽の名作「悪の起源」を書き上げて以来、第一線を走り続けるハリー・クバートと主人公は親子のような固い絆で結ばれた師弟関係にあった。 

ところがある日、ハリー・クバートの住む海辺の屋敷の花壇から白骨遺体が見付かって二人の関係は変化し始める。この遺体は三十年あまり前、森のなかを男に追いかけられているところを目撃されて以来行方不明になっていた少女・ノラのものだったのだ。

一転殺人の容疑者として逮捕されてしまうハリー。そのうえ禁断の愛を描いた「悪の起源」は十代だったノラとハリーとの関係を描いたものだったと判明し世論が沸騰。ハリーの名声は地に堕ちた。

恩師の無実を信じ、事件の解明を誓う主人公はハリーの記憶と町の住人たちの言葉をつなぎあわせ、ノラをめぐる物語に矛盾が存在することをあぶり出していく。それはいつか主人公本人こそがもっとも待望していた次回作「ハリー・クバート事件」が誕生する過程でもあった。そしてその完成と出版は、主人公と敬愛する人生の師・ハリー・クバートとの関係を決定的に変化させることとなる。

ハリーはなぜ「悪の起源」を書いたのか?ハリーとノラの間に真実の愛はあったのか?誰がノラを殺したのか、そしてなぜ?「ハリー・クバート事件」の完成を望み、かつそれが主人公と自分との関係の終わりになるだろうと予言するハリーの真意はどこにあるのか?

書くことでしか人生の意義を確認できない業を背負った作家たちのスパーリングは続く。ハリーの謎めいた言葉「作家の天国」は本当に存在するのか・・・・。

 

フランス人の若手小説家がアメリカ・ニューイングランド地方を舞台に書いた作品というのが珍しい。それを知るまで、三十男と十七歳の少女の恋愛を美談にすることが政治的に正しく行えるのかどうかということがずっと頭にへばりついていたが、フランス人の感性であればなんとなくOKな気がする。偏見かもしれんが。

また本作品が話題作となるや、作者自身が「ぼく」と同様の境遇におかれるというメタ現象も興味深い。

ただ、ある人物の死の真相をさぐるうち、明るくて善良そうな村人たちの狂気が白日の下にさらされていくというタイプの小説でいえば「愛しい骨」を超えるものにはまだ出くわしておらず、この作品も上下分冊で長いわりには・・・・という程度。

 

愛おしい骨 (創元推理文庫)

愛おしい骨 (創元推理文庫)