新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

政府支給のシコリティ。

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ボストンのタクシーやスーパーマーケットのレジ、バーカウンターなどで東京からきたというと「いいね!」「クールだね!」という反応はわりとありがちで、聞いてみるとその根拠は日本の稠密な都市の作り、その清潔さ、二次元のコンテンツが街のそこかしこで消費されている様から日本人の人当たりのよさ、食事のおいしさなど極めて多岐にわたる。

 

日々異様な数のタイトルがオンエアされるアニメを中心としたオタクカルチャーも当然そこに含まれるわけだが普通のアメリカ人はわざわざDVDを買ってみたりはしていないから、「どうやらそこにとんでもないアニメコンテンツの発信源と、それを全身の穴から吸い込み続けているオタク層、昼間はスーツをきてITとかやってるクセに休みの日はフルグラフィックのTシャツを着てバーチャルアイドルのライブに行くようなライトな消費者が織りなす生態系があるらしい」、これすなわちクールとなんとなく云っているに過ぎない模様だ。

 

だから知り合ったアメリカ人が「日本のアニメーション、すごいよね」なんて云ってきたからといって「さ、さ、最近なに観た?」なんて勢い込んではいけない。楽しかったパーティーもそこまでになってしまう。だいたいアメリカ人というのはそういう空気みたいな会話のなかで生きているひとたちだが、この場合はそれ以前に彼らがなにをクールだと云っているのかについて正しく理解しておかなければならない。

 

外国人が傍からパッとみただけではわからんが、なんか80年代以降くらいに生まれた世代を中心に共有されている「カルチャー」があって、てことは要するに親に与えられたわけでも学校で教えられたわけでもないのに、おまえらは身体の隅々にそれが行き渡ってる第1世代であって、それぞれがなんらかのかたちでこのカルチャーの勃興と再生産にかかわっていくんだろ?俺たちには理解不能、超クール、すげぇことだよなと、彼らはおそらくこういうことを云っているのだ。

だからそこでネクタイの裏に仕込まれた中学生を見せて「じゃ、キミもしかしてまどか☆マギカ観た?ブヒヒ....」とか云ってはいけないのだ。観ているわけがない。多くの場合、彼らはコンテンツ自体に興味をもってすらいないのだ。

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 暁美ほむら ネクタイ

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 暁美ほむら ネクタイ

 

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僕が住んでいたアパートの1階にはせまいバーが入っていて、近所には歌舞伎町のキャバクラが借りている寮があったもんだから遅い時間に行くとキャバクラのショータイムでスティービー・ワンダーなんかを歌うグッと上背のある筋骨隆々のスティービー・ワンダーみたいなAJがバーテンダーに何かもらって食っていたりした。

「俺が日本人のオンナとやってるとな、みんな『あ、ヤバい、ヤバい!』って云うんだぜ」

ある日AJが話しかけてきた。

「へぇー」

「ところでおまえ、『ヤバい』って英語でなんて云うかわかるか」

「知らない」

「 "guilty"だよ。guilty。

 おまえら女子高生好きだろ、可愛い女子高生みたら『ヤバい』って云うだろ?

 そんでうまいもん食っても『ヤバい』って云うだろ?

 なんでだと思う?

 guiltyだよ。罪悪感。

 女子高生に興奮してるって罪悪感と、『こんなうまいもん食ってどうしよう?』っていう罪悪感。

 これが『ヤバい』、guiltyってことなのさ」

なんとはなしにAJのことを気の毒に思った。

僕らも会社員として「未成年には絶対に手を出すな」と厳命を云い渡されていた(当時、僕たちも少し前には未成年だったことを云い添えておく)が、恥ずかしながら女子高生をみて「かわいい」と思うこと自体を罪深いと感じたことはなかった。もちろん手を出したりカネを出したりはしていない。

しかし、だ。

もしAJの云うように「女子高生をみてかわいいと思った、つまり未成年である彼女を性的な対象とみてしまった俺は罪深い存在だ」というのが典型的なアメリカ人の考え方だとしたら、半裸の小学生をプリントした抱き枕カバーを野放しにしておいて「実在するかしないか、それが問題だ」("To be, or not to be. That is a question.")などと政治家を巻き込んでやりあっている日本の状況、その議論に文字通り血道をあげる我々の感覚とのあいだには相当なというか危険なほど深い溝があると考えなければならない。


非実在青少年 by 魚群探知ネコ | Song | Free Music, Listen Now on Myspace

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はや、少し前のことになってしまった。

木下議員は「どぎつい」という云い方をしたが、要はエロいんである。

「萌え」とはつまるところエロの表現だ。もっとも端的には法に触れるような表現、つまり誰にもそうとわかる社会的に猥褻だと定義され終えた表現を避けつつ同じ文化的素地を共有する者たちだけにそのエロさが伝わる表現の様態を「萌え」と呼んでいるのだ。

実質的には問答無用でエロいのだが、世間の認知する「エロ」は意外に範囲が限定的でありかつ規制対象なので「エロ」とは呼ばず萌えということで敵のレーダーを回避しているだけで、そのバロメータはいずれにせよシコリティにほかならない。

  1. ある物のシコれる度合いを指す。シコリティの指標は個人の主観に依存する。

シコリティとは - ニコニコ大百科

先に「同じ文化的素地」と云ったのはこの個人の主観からなる「指標」の重なりのことだ。

 

劇表現にたとえればセックスシーンを描く代わりに朝チュンを持ってくるとか、そういう回避策の延長上だということもできるかもしれないが、規制を迂回はするもののエロをカットしたり単に婉曲に表現するのではなく、規制を主導する世代・勢力には理解不能な符牒でばっちりエロを表現する文化的な地下活動・レジスタンスが「萌え」なのだ。

ウィキペディアの専門家気取りたちも「朝チュン」については執筆を躊躇しています。

そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。

アンサイクロペディア - 朝チュン

しかし今度はさきほど「敵」と称した連中があまりにバカなので、彼らはこれをエロだと認識できないばかりか「日本の誇るオタクカルチャー」だと云って政府公認のもと大々的に世界へ売り出していこうと云い出した。

そんなことをしていいわけがない。

いまいち分からないという人のためにもう少し例を挙げよう。

http://livedoor.4.blogimg.jp/nizigami/imgs/0/1/01b0cdf6.jpg

【画像】アニメキャラの妊娠検査薬コラが地味にエロくてワロタwwwwww : 虹神速報-にじそく

 

http://livedoor.blogimg.jp/himasoku123/imgs/8/2/82cef1ea.jpg

二次画像にマタニティマーク付けたらめっちゃエロいんじゃね? : 暇人\(^o^)/速報 - ライブドアブログ

このあたりまでくるともう予算委員会は完全についてこられない。

だがこれがアニメや「非実在青少年」を消費するやり方なのだ。

僕が師と仰いだ仏文科のオタクはかつて「映画は観た数だけ女優に恋をするもんだ」と云っていたが、その盛大な拡大解釈こそが萌えであり、「恋をする」は「ヨメにする」を通過していま「妊娠させる」へさしかかっているところだ。

これが萌え文化であり、我々が支えようというオタク文化、アニメ文化の本質だと僕は思う。

さて、オタクモードがウェブサイトに載せていたフィギュアの写真はともかくとしよう。

公金を投じるとか投じないとか云うまえに、我々は日本政府の名でこうしたカルチャーを世界に向けて発信する用意ができているのか?

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文化というのは生まれたときはみな「サブカルチャー」であって、広く社会に意味を了解されていないサブカルチャーはいくぶん危険視され、ときに実際、既成の秩序にとっては危険である。したがってサブカルチャーはしばしば検閲に遭い、社会的に隠蔽されることがある。

だがその意味を解する者たち、それを所与とする者たちへとやがて世代が交代するとともにサブカルチャーは社会の表層へと浮上していく。通常これはさらに次なるサブカルチャーの台頭によって表舞台から消え去るか原型を失うことになるが、それでも忘れられることなく歴史の試練に耐えたものが意味を漂白されて「文化の標本」となり、「安全な文化」になる。

意味や内容とは無関係に歴史に耐えたことのみをもって評価を受けている「源氏物語」なんかがその典型だ。

批判を覚悟でいえばたぶんビートルズなんかも忘れられることなくもう1世代ぐらい経たらそれに近いものになるだろう。ビートルズを支持することが意味したguilty、ビートルズが象徴したguiltyはいまもなかば忘れ去られて外形的に無害な音楽だけが街に流れているからだ。

 酒井法子覚せい剤で逮捕されるのはしかたがないとしても、一方、ビートルズの面々だって、ドラッグ関係には多々関わりがあったことは周知の事実だからである。

例えば、ジョンは大麻不法所持でアメリカへの入国を拒絶され、裁判沙汰になっているし、もっと有名な話では、ポールは日本公演の際に所持していたマリファナが原因で、成田の留置所に拘束されているのである。

11月は思い切ってビートルズドラッグソングベスト10 | 一本気新聞 www.ippongi.com 家紋、アニメ、ビートルズ

思うに海外の連中が「クールだ」と評する日本のオタク的サブカルチャーについて、彼らは中身や意味をよく知らずにそう評価している。

彼らがクールだというのは、自分たちと同じ世代の日本人がかつての「カウンターカルチャー」や「ヌーベルバーグ」(あるいは・・・・・なんだ?)のように既存の社会が理解し得ないカルチャーを勃興させ、社会との相克を経て主流文化へ押し上げようとしているムーブメント(と云ってわるければ単なるダイナミズム)自体を評してクールだと云っているのだ。

つまり「クールジャパン」(と云ってる外国人が実際にいるとして)は「クールなジャパン」のことであって、「ジャパンのクールなコンテンツ」のことではない。

「日本じゃ、絵ならいいだろって勢いですげぇエロいかっこしたネェちゃんの出るアニメやってたりするんだぜ。

 映画やドラマじゃねぇんだぞ、アニメだぜ、アニメ。それも地上波でやってんの。

 フィギュアとかもマジでやべぇエロいのが街中で売ってんだぜ、あいつらやべぇ、マジでクールだよ」

このクールは親や先生の云うことを聞かないやつを評するクールである。

云いかえれば日本は頭がおかしいと思われているのだ。

頭がおかしいと云われても意に介さず自分の快感だけを求めてものを作るか消費するかするタイプの人間でなければ、そもそも文化を創造することも支援することもできない。

昼間から大まじめに「どうなんですか、これは!?」なんてことを委員会でやっているような連中は、そもそも「どうなんですか」などと人に訊かなければならない時点で論外なんである。

つべこべ云わずに政府とその関係者いますぐ文化政策から手を引き、むしろ気に入らないものを心のままに弾圧する方がまだマシだ。

そこに戦争が始まる。だが文化は地下に潜ってでも絶えることなく世代を経て発展していくことだろう。

そこまでやらなければ、おまえたちご立派な方々の「自分たちも文化に触れることができる」という壮大な思い込みをただしてやることはできないのだ。