新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

あの日食べたパンの名前を僕達はまだ知らない。

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一度観れば、誰のこころにも深く根を下ろして去ることのない短編コミック「ツブアンマン」。

先に挙げた、私の政治的マニフェストとあわせてご覧いただくと、そこにはえもいわれぬマリアージュが訪れるであろう。

国家はそれ自体の意思と目的をもって合理的な犠牲を払う。それがJAMの体現するニヒリズムだ。

きみはきみの人生においては押しも押されぬ主役だが、国家にとってはゴミに過ぎない。

気が付けば、さっきまでキミの頭であったものは吹き飛ばされている。

そしてJAMがこういう。

「正義のためだ」。

あるいは腐敗と発酵の双子だったバイキンマンアンパンマンをめぐる、もうひとつの結末。

物語終盤、顔も失い、包囲されたかつての勇者は、「ジャムおじさん、腐敗と発酵の違いを知っていますか?」と尋ねる。おじさんはたぶん、「アンパンは無添加に限る。腐って土に還るからね」なんて答えるのだと思う。

神話としてのアンパンマン - レジデント初期研修用資料

*     *     *     *     *

高校三年生の初夏、柔道部にいる同級生(女子)が好きだった僕が市立体育館のスタンドで地区予選の団体戦を観ていると、横にいたT島が、腹が減ったと云い出した。大会が行われている間、ノークラの僕たちは半ドンで学校を帰されるわけだから、時刻はちょうど昼を回ったところだったのだ。

そもそも僕たちは、

「俺柔道知らんわ・・・なんかきまり技できめな勝てへんねんな?」

「俺も上手出し投げぐらいまでしかわからんで」

「それ相撲やぞ」

というやりとりをして他校のスポーツ刈りににらまれたばかりだが、いまスタンドを離れたくない僕が腹は減らないといい、T島は腹が減って死ぬという。じゃあパン買ってこいよと云ったら、こんなところまで付き合わせておいてそれは何だという。無視を決め込むと「あ〜、腹減ったな〜」と、ちょうどいいぐらいの小さい声でつぶやき続けるようになった。

柔道部でもひときわ身体が大きく、クラスの誰より物静かな雰囲気をまとったM本くんがちょうど僕らの前に座って、夕陽を見つめるゾウのようにじっと出番を待っていた。

僕らがひとしきり腹が減った、減らないをやっていると、そのM本くんがゆっくりとこちらを振り向いて云った。

「パンでよかったら.....食べる?」

「ありがとう!」

即答したのは僕の方だった。腹が減っていたからだ。

M本くんがバッグから取り出した大きな菓子パンを僕に手渡しながら、最初から細い目をニッと細めて笑った顔を、僕はいまでもはっきりと思い出すことができる。

こうして僕とT島は、大一番を控えたM本くんからかすめた昼飯を食った。

あれから20年あまりの時を超えて、あのパンに込められたM本くんの気持ちが痛いほど伝わってくる。

「それ食ったら帰ってくれ」

好きな子の試合見たさにやってきて、腹が減った減らないで試合前に騒ぐ同級生に対する抗議を言葉に出せない彼の、施しはメッセージだったのだ。

そんなM本くんに比べれば、僕とT島はあまりにも子どもだった。

T島など僕が大学に進んだ年には浪人中だったが、「さいきんタマゴ料理にこっているので、今度ごちそうしたいと思うのです」という恐ろしく低レベルの字で書いた年賀状が来たぐらいで「こいつはもうダメだ」と思って返事は出さなかった。

しかし無邪気だったのは当時の僕も同じだ。

豪快に割った菓子パンの半分を食いながら、せめてものお返しにとばかり僕はM本くんに話しかけていた。

「M本くんは将来どうしようとか、あんの?」

高校最後の夏を目前に控えた僕達の、恋に次ぐ最大の関心事は進路だったからだ。

M本くんは細い目ににんまりと口をひろげたいつもの笑顔でこちらを振り向いて、答えた。

「まぁ、食いっぱぐれへんかったら、ええんちゃう?」

昼飯を僕たちに差し出して食いっぱぐれた、それがM本くんの人生観だった。

「へぇ〜、まぁそれはそうやなぁ」

頭にジャムでも詰まったような僕とT島は上の空で答えると、汚い手で口をぬぐってそのまま3時間スタンドにいた。

M本くんは初戦で負けた。彼は歴戦の勇者だったから、きっと相手が悪かったのだと思う。

僕の恋も実ることはなかった。問題の彼女はあろうことか、試合後に迎えに来た水球部のヒーロータイプと手を繋いで帰ってしまったからだ。

よろよろと体育館を出た僕とT島の脇に、いつの間にか制服に着替えてバッグをかついだM本くんがいた。

「残念やったな」T島が誰にともなく云った。

「うん、もう僕も、勉強せなあかんわ」

高校最後の試合を終えて帰るM本くんは、そのときも同じ笑顔のままだった。

さぞかし腹が減っていたことだろうと思う。

アンパンマン おしゃべりフィーバーDX

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