新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

サイコパスの発音はドンタコスの発音とも同じです。

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硬派な文学で名をあげたいと願ったにもかかわらず、そちらはまったく売れないで、手すさびに書いた探偵ものが爆発的にヒットしてやめようにもやめられず、泣く泣く書き続けるうち、不本意にもその道で歴史に不動の名を残すハメになった作家が、僕の知る限りふたりいる。

ひとりはシャーロック・ホームズを生んだコナン・ドイル

このまとめ面白いからぜひ読んでください。

そしてもうひとりはジョルジュ・シムノン

こちらはメグレ警視の生みの親だ。

メグレはパリ市民にも名の知れた名刑事で部下達の人望も厚いが言葉は少なく、パイプを吸う以外には無趣味で夫人とふたり、子どもに恵まれないまま年老いていく、いささか陰鬱なキャラクター。

捜査の手法は地道で、尾行や聞き込み、執拗な張り込みできっかけをつかみ、終盤急激に網を絞り込んでいくというスタイルだ。

部下もキレ者というよりはメグレに心酔する忠実な刑事たちが多く、気が遠くなるような任務を粘り強くこなす。

その間、メグレは主に飲み食いをし、基本的に待つ。

まず夫人が家事に血道をあげるタイプだということもあるが、あとは庁舎の向かいにあるビストロをはじめ、とにかく機会をみつけては酒をひっかけ、何かちょっとしたものをメグレは食う。

真冬でも昼から生ビールを飲みに出るし、部下の報告を受けるのは何かよく出てくるあったかい酒を飲みながらという具合で、ほんとしょうがねぇなという感じだが、メグレシリーズはだいたい、被害者の遺族の悲しみとメグレの心痛に始まり、ひらめきと忍耐(その間飲む)、そしてついにしっぽをつかむ部下の手柄と、それをきっかけに明かされるメグレの推理という流れで展開する。

だからこれは推理小説というよりは地味な刑事物といった趣のシリーズだ。

パリはどんよりと曇った冬空で、刑事部屋と隣り合わせるメグレの部屋では古いストーブがうなり声をあげ、曇った窓ガラスの向こうには馴染みのビストロの灯りが見える。

メグレは帽子を目深にかぶり、お気に入りのパイプをくわえてどこかへ出かけていくと、夕食の時間には夫人の待つアパルトマンへ帰り、カモを食う。

こういう感じ。

今年の3冊目は「メグレと殺人者たち」、4冊目「メグレ警視のクリスマス」、5冊目「メグレ夫人の恋人」、6冊目「重罪裁判所のメグレ」、15冊目が「メグレと口の固い証人たち」。 

筋はまったく覚えていない。だから何度でも楽しめるということにしておこう。

 

僕と同年代の方は、もしかしたらパトリス・ルコントの「仕立屋の恋」という映画をご覧になっているかもしれない。

向かいのアパルトマンに住む若い女が訪ねてきたあと、彼女が座っていたソファに顔を埋めて匂いをかぐという快楽シーンが衝撃的な作品だ。

これは監督のルコント自身が女性への愛情をまっすぐに表現できない人間であることを示してあまりあるが、この「仕立屋の恋」の原作者がメグレシリーズのジョルジュ・シムノンである。

仕立て屋の恋 [DVD]

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話は逸れるが、ルコントの変態性に震えたい人には「橋の上の娘」もお薦めする。

ヴァネッサ・パラディ堂々の主演!

ところでヴァネッサ・パラディといえば、

2004年にはディディエ&ティエリー・ポワロー兄弟によるSFパニックサスペンス作品『エイリアンVSヴァネッサ・パラディ』で映画に復帰した。

ヴァネッサ・パラディ - Wikipedia

この一節がなんともいえずよい。

橋の上の娘 [DVD]

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昨年読んだ「その女、アレックス」。

「このミステリがすごい!」など、日本国内のミステリ大賞を総なめにして話題をさらったフランスのピエール・ルメートルによる作品だ。

「その女、アレックス」についてはあらすじを話すのも難しいが、昨年こちらのまとめでご紹介している。

なおこのエントリーで紹介している作品のなかでは「ゴースト≠ノイズ(リダクション)」が「その女、アレックス」を抑えて一番のお薦めだ。

「その女、アレックス」はルメートルによる「ヴェルーヴェン班シリーズ」第二作目にあたるわけだが、今年になってようやく第一作目の「悲しみのイレーヌ」(本年41冊目)が 本邦初出となった。

陰気な小男カミーユ・ヴェルーヴェン刑事と上流階級出身で育ちのよさが全身からあふれている若き右腕のルイ。

そのルイが刑事になった理由は以下のように語られる。

彼の決意を支えたものは三つあるだろうとカミーユは思っている。まずは何かのために尽くしたいという思い(市民への奉仕ということではなく、もっと単純に目的のために全力を尽くすこと)。次いで、このままの人生を送っていたら自己陶酔に陥ってしまうという恐怖。そして恐らくは、自分がそこに生まれなかったという理由で、労働階級に対して負っているーと、ルイが勝手に思い込んでいるー借りを精算したいという思いだ。

(「悲しみのイレーヌ」)

この育ちのよさにシビれる、憧れるゥ!

しかし文藝春秋に問いたいのは、なんというかこの、タイトルで結末をぶちまけるという鬼畜の所業。

そもそも国内では一作目と二作目の発表順が逆になったため、「その女」のなかで「イレーヌ」の結末が明かされてしまっているということもあって判断は分かれるところだが、少なくともこの邦題に必然性はなかろう。マイナス2.2億点といったところではないか。

いずれにせよヴェルーヴェン・シリーズはフランスでは5冊まで出ているようで、訳出を楽しみにしたい。

悲しみのイレーヌ (文春文庫)

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 「イレーヌ」発刊前にルメートルの既刊が読みたくて手に取ったのが20冊目になった「死のドレスを花婿に」。

構造的なトリックを好むルメートルの芸風がいきなり爆発するデビュー作。

あとがきで紹介されるルメートルの「サイコパスにとっては、人を狂わせていくことこそが最高のご馳走」といった意味の言葉に彼自身の異常さが現れており美味。

今後もきっと、多かれ少なかれそういう犯人が登場するのであろう。

死のドレスを花婿に (文春文庫)

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以上、今年はフランスの刑事小説を結構読みましたというご報告まで。

拝。