新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

秘密の記憶/女たち

女は秘密を愛している。 秘密をもった女は幸せそうだ。 女を輝かせたければ、ちいさな秘密を与えてやればいい。 女たちは秘密をもっていた。 はじめに気付いたのは妻だ。 バスで一緒になった女が近付いてきて、自分たちが秘密をもっていることを打ち明けたの…

香港に関するノート/世界は所有されている

ジミーさんと僕は油麻地の裏通りにあるビルの入口から短い階段を上がったところで古いソファに腰を掛け、低い声でぽつり、ぽつりと言葉を交わしていた。 照明は落とされていて小さな部屋は隅の方がよく見えない。空気はクローゼットのなかに似ていて、僕たち…

HCM Marathon 2019反省会/引退会見に代えて

ちょうど三年前に、「HCM RUN」というイベントでハーフマラソンを走ったときのことを書いた。 どれだけのひとの役に立ったのかは分からないが、いま読み返してみると結構おもしろいし、よく書けているので走らないひとも読んでみてほしい。 ところでこの、ネ…

流血、マリファナ、明日の翼/歳をとるとひとは

かつてこの街に端を発した騒擾は、流血を経てひとつの国を興すに至る。人類史上初めて国際社会に倫理を訴えた若き理想家のごときこの国は、二世紀あまり後のいま、振り上げた拳の降ろし方に戸惑う白髪交じりの壮年になった。太平洋から始まった道程は、大西…

ミューテッド/ベースが止まると音楽は

歌舞伎町のアンド・ケーで書籍版「新宿メロドラマ」の頒布会をやったとき、若いひとたちをつかまえて滑りまくっていたNさんというひとがいたと思うが、このひとは酒癖は少しアレだが本当にいいひとで、昔から名前はよく聞いていたものの昨年から一緒に仕事を…

敗者のための一ページ/不埒な河原でバッドラックとダンスを

米国とは建国以来一つの投機であった 「バブルの正しい防ぎ方」(ロバート・シラー) アメリカというのはそのそもそもの初めからベンチャーであり、成功したベンチャーであり、いまや年老いたベンチャーである。 ベンチャーは生まれながらにして不埒であり、…

深夜を過ぎて三十分/終わってしまった戦いのあと

本当はこんなブログを書くのではなく大見得を切って予告したとおり長編小説を書かなければならないのだが、この一ヶ月ですでに三回挫折しており、これは少々方法論について落ち着いて考えなければならないぞということになったため、その間はブログに時間を…

Xの墓標/ウィー・オン・ザ・トレイン

四年あまりにわたったボストン生活がまもなく終わろうとしている。 ということばかり最近はつぶやいているが、これは大変なことなのでしばらくはこの調子でやらせてもらう。 私の書いたチラシの裏をのぞいているのはあなた方だ。 いまちょっとしたスタートア…

ゴーイング・リベラル/僕たちのトレーサビリティ

リベラルな暮らしにはカネがかかる。 今年のボストンは例年よりも早い冬の訪れを感じさせ、十月も半ばになればとてもじゃないがマウンテンパーカーなしに外を出歩けなくなったから、いちはやくホームレスに対する支援を開始している。年末までのもっとも厳し…

叶えられた祈り/エイジ・オブ・イノセンス

世界のなかでどの街に暮らしたいですか、という質問に答えるのは存外に難しい。 どの街にもその街の暮らし方というのがあって、誰にだって「好きなように暮らせる街」などはまず存在しないからだ。 僕にとればサイゴンは恋人で、香港は愛人で、新宿はいまや…

暮れない午後のサボテン。

あれから何年が経っても朝六時の歌舞伎町は最悪だ。 くたばりかけた夜の口から吐き出されてきたヤクザやホストやそのどちらにもなれない奴らが通りや路地へとあふれていて、どこへと消える様子も見せずにたばこを吸っている。ヒールの女はどれもバッグと紙袋…

「トラフィック」。夢を弔う。

東京を飛び立って時間が経つにつれ、僕の時間とみんなの時間が少しずつ離れていくのがネットを見ていると分かる。 出張で日本へ帰っている一週間のあいだ教室でみんなと一緒に授業を受けていた僕は、また明日から僕だけが保健室へ登校することになる。そんな…

チャリティ・ファッジ・プリキュア。

チャリティ・ガラのチケットを買えという話がもう十年以上前にあった。 「リーマンショック」って聞いたことがあるだろう。あの少し前のことだ。 日頃から「カネは出すなら、ただ出せ」を唱える私にとり、いくつ星のレストランで飯を食う行為は慈善ではない…

新世界より、チャリティー・ワン。

アメリカでは、と語るほど私はアメリカというところを知らない。 だが公平な意見を聞きたいならインターネットは正しい場所ではない。 だから時が経つにつれ洗練されていく圧倒的な暴力の高まりを日々周囲に感じながら、私は今日も云いたいことを云うだろう…

エンサイクロペディア/失われた都とふたたび甦るべきもの

アンコール・ワットを知ってるだろう。 私はアンコールワットを、その「樹海に侵食された遺跡」という誤ったイメージから「失われた伝説の都」だと思い込んでいた。 そこで彼の地を訪れた際には現地のガイドに何か鋭いことを云ってやろうと思い、 「こんな巨…

タイムパラドクス/当選しなかった大統領の犯罪。

最近かなりまじめに仕事をしていて、まじめにというかこれはほとんど今までのツケが回ってきただけの話なのだが、それをやってみて思うのは、やはり仕事をするなら社員がいなければダメだということだ。 一人社長とかはもうやはり無理だ。社員がいないとたし…

マッサ・ゴー・ゴー/キングの午睡

私はマーチン・ルーサー・キングJr.を尊敬している。 “I have a dream.”と語りかけ、現代アメリカのもっとも暗い歴史の中に斃れたあのキング牧師だ。 私にも夢がある。 いつの日か顔のところに丸い穴のあいたマッサージ用のベッドを家に買って、夜はそこでう…

雄弁な真実、寡黙な嘘。「ダニエル・カーネマンは信用しない」。

天才の話が好きだというひとは多い。 だからといって道を謬らせるような醜い憧れや妬みのない、素直な歓びがそこにはあって好きだ。 きっと子どもが空を指さし、鳥や飛行機に声をあげるのと同じだからだろう。 我々が天才と出会うためには、少なくともふたつ…

汚れた血、それから。

ご質問をいただいている。 ネットというところは甘くない。 こんな質問に答えてしまったら、それこそはまさに私の「柔らかい脇腹」ともいうべき自分の文章への自信とこだわり、羞恥と欲求がまるで露わになってしまい、日夜職場と家庭の板挟みになってストレ…

無駄なリスクなどない(甘い期待)。

アメリカだかで、娘が自殺したので残された携帯を親が漁ったところ、「匿名で質問ができるSNSサービス」に、クラスメートと思しき匿名のユーザーたちから質問の名を借りた罵詈雑言が寄せられており、こうした「いじめ」を苦にした自殺であるとみられていると…

まどのせさんにお薦めする本。

「ゲーム脳」というのは何だろうねという話だが、それは恐らく、 「ストーリーや設定、『想定された遊び方』にかかわらず、あらゆるミッションをアルゴリズムと反応速度の問題へ還元することで純粋に勝利だけを目的化する態度」 といったあたりで及第点だろ…

思い出・アズ・ナンバーワン。

1番のバスに乗ってハーバード・スクウェアへ行く。自宅からは15分程度だ。 キャリアとしては無限の彼方にあるハーバードは、物理的にはこの程度の距離にまで近付いた。MITに至ってはそのさらに手前だ。 「俺にとってMITは通過点に過ぎない」 つぶやいてみた…

この物語の結末をあなたに教える。

いわゆるネタバレに怒る人々にどうこう云うつもりはない。ただ私はネタバレを気にしない。 自分がネタをバラされるのも気にしないし、ひとにネタをバラさないよう気を付けるつもりもない。 怒るのがあなたの主義なら、気にしないのが私の主義だ。 正義につい…

爆発する俺のノワール。海を渡るハードカレンシーはふたたびネットに戻る夢を見るか。

とんでもない事件が起きたので、昨夜から激しく妄想を繰り広げている。 以下、このエントリはすべて僕の妄想であり、僕には事件を批評しようというつもりも、犯人を推定しようというつもりも、事件を肯定したり賛美したりしようというつもりもないことを念の…

俺たちには、働くしかないということ。

三十代もなかばを過ぎた人間が、やりがいだけに駆られて仕事をするなどというのは無上の贅沢というほかない。 カネも家族も、社会的意義も信仰も一切関係のない仕事に取り組んで一ヶ月になる。知人からの連絡は絶えた。 だが、遠足前症候群とならび試験前症…

すべての昼と夜と、ジェフの見た夢。

今回もホーチミンシティ・東京出張が終わる。 前回はいろいろと思うところもあるタイミングだったため、東京では宿をとった歌舞伎町への思いがたぎり、某腐れSNSで昔語りを延々と連投した。 恥ずかしいのは恥ずかしいが、もう許されていい歳だと思う。 もし…

「統合失調症の石田(仮名)」について。

僕は健常者も障がい者も、法定の話を離れれば、部分的に相対的な存在でしかないと考えているが、だからといってもちろん僕が自分のことを「どっちかといえば障がい者みたいなもんだ」などということは許されない。 相対的にいって、充分に恵まれた心身の状態…

いまからお前の生存戦略を告げる。

「社会はどのようにして若者を洗脳するのでしょうか?」 ー 日本の場合は給料を低く抑えることで。 ask.fm 説明が足らなかった。 日本の社会が若者の給料を低く抑える狙いは主にふたつあるとにらんでいる。 ひとつは、若いうちに充分な対価を与えないことで…

これはヘッドンホホの宣伝です。

さて、7泊9日の東京 - ホーチミンシティ出張を終えてボストンに戻った。 前回3月の出張では、8泊11日という完全に日数と泊数の帳尻があわない日程を組んで、終盤香港あたりで蒸発してしまいそうになったため、今回はより短い日程とはいえレッドアイを避け、…

ボンネットを開けて煙を吐き出していたベンツの、あのときとそれから。

「号泣マシーン」という、いい加減なバンドがあった。 曲を作っていたのは、僕。 僕はギターの練習をするのが嫌いなので、ほぼ全曲がスリー・コードの進行で、たまに最初から最後まで全部Aしかないというような曲まであった。 それは曲なのか、という問いを…