11:21から12:10までのつごう49分、京都に滞在した。
京は霧雨で、一旦改札を出ては喫煙の許される場所もわからず、ただ目立たぬ場所を求め柱の陰で一服やるうちに全身はなんとなく濡れそぼった。
眠い。
サンダーバードという特急の名前は、なにか社会貢献度のたかい組織を想い出させる。
福祉的な目的の遠征にはふさわしく思われた。
「ひなびた宿に泊まりたい」という奥ゆかしいリクエストは「ボロ宿でいいです」ということでは決してあるまいから、ただ安いところばかりを探しても徒労に終わるばかりか、散々な結果を招くだろう。
あまり好きではない「じゃらん」で外観と口コミを頼りに「深谷温泉・元湯石屋」を宿と定めた。
金沢駅から乗ったタクシーの運転手は粗暴であった。
宿の名前を聞いてから10分間、「そこは痔に効く温泉だ」ということを云って止まらない。
それよりもこちらの宿をとった方が良かったのになどと云い出すにいたり、その粗暴というかデリカシーのなさがいつの日か彼に死をもたらすことになるであろうという不吉な予感がしたが、注意してやるほど親切ではないので黙ってその日のことを空想した。
「タクシーの運転手なんかは7割か8割方が痔だからね。3日もあそこの温泉に入ったら一発で治るわ」
それはタクシーの運転手が3日仕事をサボったら痔がちょっとマシになったというだけの話であって、治ったわけではあるまい。
実証的な科学とは縁遠い彼の呪術的な口承は、かつて魔女狩りをはじめとする幾多の悲劇をコミュニティにもたらしたそれと同じにおいがした。
いずれにせよ、N川氏とBルース社長にはこの宿の情報を送り、痔の経過についてのフィードバックを採ろうと考えた。
科学的であるとはこういうことだ。
北陸本線で金沢から二駅行くとそこはもう山間の町で、元湯石屋は駅から数キロの見事にひなびた宿だった。
門構えは雪国らしく重厚で、開湯何百年だかの歴史を思わせるがもったいぶりもせず、よく手入れされた庭からかいがいしい部屋係まで、二泊の逗留にはまことにふさわしく感じられた。
じゃらんの口コミにいちいち宿から返信がついていたが、その謙虚な口ぶりもさもありなんと思わせるホスピタリティにいきなり満足す。
飯が足りず、母親の人が残したものをすべて平らげ、20:00には布団をひっかぶって寝た。
翌日は終日このままここで寝て暮らすことを予定している。