競争を勝ち抜くことを目的とし、相手の生死に斟酌しないととるならば経営とは戦争である。
だがそれ以上に戦争は経営だ。
- 作者: 岡嶋裕史
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2009/05/08
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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「ジオン軍の失敗」は技術・製品開発戦略の視点からジオン軍(いちいち説明しない)の敗因を分析しようとする試みであり、完成されたとは云えないまでも今後の議論・研究にひとつの重要な道しるべを示している。
兵器の開発は商業製品のそれと同様、市場(戦場)のニーズをすぐれた技術をもってくみ取り、然るべきタイミングにおいて充分な数量を供給することを目的に行われなければならない。
ひとつだけ異なる重要な点を挙げるならば、兵器は戦場において容易に補給・改修・換装が可能でなければならないというところだ(しかしプリウスに対する絶大な支持の理由が、安価に補給できることであるとするならこれもまた両者に共通する要件だということになる)。
「ジオン革命概論」「序章」に続く全11章において筆者は11のモビルスーツ・モビルアーマーについておのおの開発の背景、その過程および投入タイミングとそれを決定した戦略的必然性(または偶然性)とその帰結について、予算を管理する主計部、戦術指導を行うべき軍部と戦略指導を執った政治部(すなわちジオン公国政府、ザビ家である)の3つの視点・思惑をとりまぜながら、開戦当初圧倒的優位にあったかのように伝えられるジオン軍がいかに1年戦争で地にまみれ、滅びる運命を辿ったかの史実をひもといていく。
私の読むところ、筆者の分析は以下のように結論される。
・連邦軍がモビルスーツを実戦配備できなかった戦争初期において大勝を収めたジオン軍は、きたるべき対モビルスーツ戦に備え、勝利の立役者であったMS-06Fザク?(いわゆる「みんなのザク」)を早々に諦めて後継機の開発と生産に注力すべきであったが、戦局が宇宙戦から地上戦へと大きく環境を変化させるのに対し、既存機種であるMS-06Fを改良することで対応しようとしたあまり、開発・生産コストの増大化を招いたこと。
・政治部が、本来有効な戦略目標となりえなかったはずのジャブロー攻略にこだわりすぎたため、湿地戦用・水陸両用モビルスーツ・モビルアーマーの開発・生産に技術力・生産力が傾注され、かつ攻略が失敗したためジオン軍のモビルスーツ開発が大きな回り道をしなければならなかったこと。
・ザク?の後継機はMS-06R-3(高機動型ザク)との競争試作の結果、MS-09Rリックドムと決まったが、リックドムは結局の所、地上戦用に開発・生産および運用されていたMS-09ドムの改良型であって、宇宙戦用モビルスーツとしての生産において多大な無駄を生じることになったこと(たとえば地上戦を想定したドムは空力学上の要請から流線型の頭部を採用しているが、真空状態で運用されるリックドムに本来、流線型を実現するための工数は必要なかった)。
・これにより、生産・運用・保守のすべてにおいて高いレベルのバランスを実現し、戦闘兵器としてのスペックはRX-78-2ガンダムを凌いでいたMS-14ゲルググのロールアウトが遅れ、戦略的にはすでに敗北の決したタイミングで投入せざるをえなくなったこと。
ああ、もう長いのでやめておこう。
あとはお読みあれ、だ。
最後にふたつだけ、印象的だった記述を挙げておく。
ひとつはMS-06Fザク?がパイロットの脱出機構を実装していなかったことが、終盤ジオン軍の巻き返しを阻んだという分析だ。
すなわち戦時においては、国力を兵器の開発と生産に傾注することが可能だ。
しかしパイロットの習熟にはコスト以上に時間がかかるのだ。
緒戦において多数のザクIIとともに優秀なパイロットを失ったジオン軍は、ゲルググほどの名機を投入しながらも、これを運用するに足るだけの兵士が払底しており(「学生か・・・!」と絶句したキシリアが思い出される)、ソロモン、ア・バオア・クーと続く地滑り的な敗北を喫することになるのだ。
もうひとつは国威発揚を目的として開発が進められたMSN-02ジオングについて記した第11章(「フラッグシップモデルは作るべきか?」)を締めくくる以下の一文だ。
「政治がなければ、そもそも工業製品は存在し難い。しかし、開発のプロセスに政治を介在させることは排除しなければならない。政治は失敗作を育むグレートマザーである」。
「開発戦略」はいまやあらゆる産業にとって死活的に重要な意味をもつ。
「日経コンピュータ」の名連載「動かないコンピュータ」にも比肩しうる、現代企業人必読の一冊だ。