新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

愚問を繰り返す住吉美紀その他の人類。

知人の結婚式に備え、僕が書きつづっている一冊のノートがある。

頼まれてもいないのに披露宴で上映する気になっている「プロフェッショナル 仕事の流儀」の二次創作ビデオの台本である。

【シーン7 スタジオパート 1】

愚問を繰り返す住吉美紀

(上司との対立を指し)「やはり葛藤があるんですか?」

(重責のプレッシャーを指し)「相当なものがあるんですか?」


ゲストは紳士的に応えるが、明らかに困っている。

住吉は30歳をとうに過ぎているが、とかく報道を離れた女子アナというのは普通のスイーツ(笑)であったりする。

問いがそのまま答えになってしまっており、答える方が答えように困る質問を愚問と云うが、この手のアナウンサーによるインタビューは愚問のオンパレードである。

「あなたが落としたのは、金の斧ですか?銀の斧ですか?」

金の斧に決まっているだろう、とこういう調子だ。


「修理をご希望のコンポは部品が製造中止になっておりますので15,000円にて新しい機種の新品と交換になりますが、いかがなさいますか?」

早口だが完璧な口上を述べたあと、電話の向こうでオペレータが尋ねた。

「交換をご希望になりますか?」

それは愚問だった。

2年もまえに新宿のAudioUnionで買い求めたコンポはそのときすでに中古だった。

店頭に並ぶまでずっと張っていた僕の網にかかったものだったから、保証もなにもあったものではない。
15,000円払って取り替えた新品を売りに走っても利ザヤが出るような話だ。

そこで僕は「金の斧です」と答えた。

「僕が落としたのは、そこにある金の斧です」

一週間ののち、本当に新しいコンポが届いた。


以前、紀伊國屋では

「ご希望のDVD-BOXは初回限定版でフィギュアが付いているものと、フィギュアの付いていないものがございますが、どちらになさいますか?」

と訊かれたこともある。

愚問だ。

しかしこれら愚問は、と僕は最近、思う。

人生は思っていたよりもままならないと気付き始めた大人たちにとって、何かを自分で決める自由をせめて気分だけでも味わうことが幸せなのだとしたら、愚問による接客は人の生の哀しさを包むような優しさを、その愚かさとともに併せ持っているように感じられる。


設置が終わったばかりのコンポに向けて、僕はリモコンの電源スイッチを押した。

パチリ、とはぜるような音がしてアンプ部のモニタが点灯したがDVD部は沈黙していた。

動揺しながらリモコンを確認すると、電源ボタンが2つ付いている。

「新機種」ではアンプとDVDプレイヤーの電源が連動していない。

経験的に云って、新しく買ってきた製品とのこうした行き違いは、その後に続く数々の忌まわしい発見の序章に過ぎない。

「とは云え」僕は天井を仰いだ。「僕に選択肢はなかったのだから」。