新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

アクシデンタル・ツーリズモ。2tの思い出。

生まれて初めてハイエースを運転した。デカすぎワロタ。




あまりクルマのことに明るくないため「荷物を運ぶ1BOX」という投げやりなオーダーを伝えた僕を出迎えたのは、いわば小型のバスだった。


僕はクルマの運転が下手だ。


まず這々の体で運転席へよじのぼった僕はしかし、これを操縦せねばならぬ。




サイドブレーキどうやってはずすんですか?」




通い慣れた新宿の街路もさながら「エース・コンバット」の新しいステージと化して私のライフ(というか通行人のライフ)を奪おうとしている。


8人掛けのシートの後ろにさらに倍ぐらいの荷台を擁する広々とした車内のおかげで、全長は乗り慣れた愛車の3倍ぐらいあるように感じた。


「外へ回れ、外へ回れ!」と念じながら交差点を左折し、すべての単車乗りに向かって僕は叫んだ。




「俺の死角に入ることは、すなわち死を意味する」。




そして僕は昔付き合っていた女の子のことを想い出した。




*  *  *  *  *




同棲中だった彼女は春になると就職活動を拒み、サボタージュを開始した。


他人事ながら焦りをおぼえた僕は彼女の代わりに就職活動を開始する。


彼女の名前と性別と言葉遣いで片っ端から企業に願書を送りつけ、届いた課題を仕上げて送り返した。


面接を経て(面接に行ったのは僕ではなく彼女だ)内定に至ったのは1社。


それは生活協同組合、つまりコープで、僕はその年に彼女と別れたので知らないが、おそらく彼女は翌年そこへ就職したと思う(内定はそこしか出なかったから)。


そこでは内定者研修は電話応対やビジネスマナーではなく、2t車の運転だった。




*  *  *  *  *




三時間のあいだ曲芸飛行とストップ・アンド・ゴーを繰り返すとハイエースの運転は楽しいものになり、僕は窓を開けるとタバコに火をつけ、ワイシャツとネクタイ姿をした納品業者のフリをしてラジオでJ-WAVEをかけた。


霧雨のなか台車を転がして荷さばきするのは骨が折れたが、15時のタイムリミットを考えると今日の作業はベストトライと云え、僕は一服することにする。


少し前まで暮らしていた界隈なので近くに贔屓のパスタ屋があったが、僕の差別的な職業観はハイエースのドライバーが贔屓の店でパスタを食う画を拒絶した。


よってワイシャツの袖をまくってトンカツの定食を食う。


村上春樹の新作が出ている。


ハイエースのドライバーが村上春樹の新作を買うかどうかをしばらく迷ったが、結局耐えきれず買った。




15時きっかりに約束の男が現れ、書類にサインを求めた。


16時。僕はハイエースごと鉄のエレベータに乗り込み、地下3階にあるコンクリートの秘密基地へたどり着く。


当初から僕のハンドルさばきをうろんな目で見ていたオリックス・レンタカーの店員はずいぶんと念入りに車体をチェックするが、ハイエースもドライバーとしての僕のプライドも無傷であることに変わりはなかった。