いやな記憶を消し、楽しい記憶だけを残して生きていくことができれば、人は幸せになれるだろうか。
記憶だけを移し替え、新しい肉体を乗り継いで永遠に生きていくことができれば、人は幸せになれるのだろうか。
難しい問いだ。
もっとも、そんな問いを抱かなければならないほど人は不幸ではない。だがそれでもそう問うてしまうほどに、人は哀しいのだ。
2008年に1クールだけ放映されたアニメ「カイバ」は記憶をコピー、ダウンロードできるようになった世界の物語だ。
世界観をつたえる導入の2話がややとっつきにくいが、話題の第3話「クロニコの靴」からはそういった哀しさを旅人であるカイバの目を通して描いていき、童話のように心に触れる。
ストーリーの縦糸部分についての語り口が非常に難解であるため終盤はついていけないと感じるところも多分にあるが、これを稚拙であるとするならば、それゆえに嫌みを感じさせない寓話としての有り様を確立しているし、またそれだけにシンプルな感動を呼び起こされもする。
挿入歌「the tree song」が秀逸。
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SFの定義は「未来小説」などではない。
現実には存在しない技術が手に入ったとき、ひとは何を考え、何を行うのか。
それがいかに愚かで哀しいことであるかを描き、「無いものを願うことの幸せ」を映し出すのがSFの役割だ。
そういう文脈で考えれば「ティコムーン」は描かれるのが未来の世界だからSFなのではなく、伝説のテロリストであった主人公が「過去を忘れることができればどんな生き方をできるだろう」と夢想して生きていることにおいてSFなのだ。
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フィリップ・K・ディックの傑作「流れよ我が涙、と警官は言った」ではテレビで大人気のテレビショー・ホストが一切のアイデンティティを突然失ってしまう。
超有名人のはずの自分を誰も知らず、一枚の身分証明も身につけていない状態で恐怖政治下の街頭に放り出されてからの悪夢のような時間は、億万の大衆の目を通してしか自分自身を確認できない彼にとって、なによりも強烈な現実としてその記憶にとどまることだろう。
- 作者: フィリップ・K・ディック,友枝康子
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不朽の短編集「ブルー・シャンペン」に収められた表題作は、まさに「カイバ」のエピソードとして登場しそうなストーリー。
記憶を電子情報として直接記録できる特殊な装置「黄金のジプシー」を身につけた少女はセックス・アイドルだった。
セックスの記憶を世界中で販売し、億万長者になった少女と出会ったプールの監視員は、やがて彼女と恋に落ち、その秘密を知る。
彼女の愛した彼だけを深く傷つけるその秘密とは。
- 作者: ジョンヴァーリイ,John Varley,浅倉久志
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人は世をはかなみ、道具を乞うた。
それさえあればいくつかの悲しみを、いくつかの嘆きを救うことができるのだと思った。
だが道具を手にした人は気付く。悲しみも嘆きも、すべては自分のなかにあり、それは深い、深いところにあって決して取りのぞくことなどできなかったのだと。
しかしそのとき人は、もう後戻りできない。
「消えろ」と願っても道具はそこにあって、自分を生み出した主の顔をじっと見上げている。