のっぺりと広がる川面がだらしなく二つに分かれた。その支流と思しき方へボートが分け入ると、そこから20分ほど行ったところが目的地だった。
ここもまた、ただ浮き草をかき分けただけの「船着き場」と思しき川辺の一角があり、我々のモーターボートは順番にそこへ船首を乗り上げ、我々を地面におろした。
ダッカ管区・ノルシンディ県。
バングラデシュの国土のほとんどを占め、"rural area"(農村地帯)と彼らが呼ぶ地帯の、ある村を我々は訪ねてきたのだった。
すでにバングラデシュとは国というより広大な「中州地帯」に過ぎないと悟っていた僕は、意外にもしっかりとした土の感触を靴底に覚えほっとした。とはいえ雨季のただなかに同じ場所に立てば、おそらく大洋のまんなかに浮かんだのと同じ光景を見るだろうと思いぞっとする。
あぜ道というにはいやに幅の広い、踏み固められた道を歩くと両側には一面の草原と、田植えを終えたばかりの水田しか見えない。いまが2月だということは、この温暖な気候の下、コメの二期作が行われているのに違いない。増水した河は洪水となってすべてを支配し、あまねく土地を耕して帰っていくのだ。せめてそうでもなければ人もそうそう生きてはいけまい。
「彼らは外国人を見るのが初めてなのです」ボディガードの後を歩くT氏と僕の肩越しにAさんが云った。道ばたには何百人という村人が居並び、誰の差し金か我々が通るのを拍手で迎えている。単なる好奇心であればよいが、彼らに出迎えを命じた人物が果たして何を吹き込んだものか。見るからにカネも権力も持たず、何を期待されても困る身分の外国人としては申しわけのない思いに駆られ、来た早々逃げ出したい思いでいっぱいになったが、昨日着ていた「Twit-shirts
」を今日は着てこなかったのがせめてもだ。
船着き場を離れてしばらく歩く。このだだっぴろい草地と水田のどこにどうやって人が住んでいるのか想像もつかず、また平坦な風景が広がる先のどこにも村とおぼしきものが見えないものだから、そこかしこで我々を迎えているこの大勢の村人たちはいったいどこから現れたのかしらんと思っていると、かれこれ1kmも歩いたかという頃、僕は唐突に自分たちが林のすぐそばまできていることに気付いた。
「あそこが村です。彼らはあのあたりに住んでいます」Aさんが解説する。
「家はありますが、このあたりは雨季には洪水ですべて沈みますから、そうなると彼らは樹の上で生活をするか、小高い地域まで移動していくのです」
だが「小高い地域」などダッカを出てからこっち出くわしたためしがないのだから、出迎えにきているだけでもこれだけの人数がいて、そんな長距離を移動できるわけがない。
要するに実際にはほとんどの人々が年に二ヶ月は泥水のなかで暮らし、盛り土の上なり樹上なりで寝起きするということなのだろう。
気がつくとどこからか現れた子ヤギが船着き場からずっと我々の一行を先導していた。
一名の兵士が僕とT氏の前を護衛し、くわえた笛を鋭く鳴らしては村人がむやみに近づかないよう牽制するのだが、その数歩前をトコトコと行く子ヤギだけはどうしても追い払うことができず、体格のいい迷彩服の兵士が大股に歩いていくその先を、小走りのヤギが案内しているという滑稽な図が続いていた。
「あのヤギが案内すると云ってますよ」Aさんがイタズラっぽく笑った。しかし振り返ることもなく、かと云って逃げ出すでもなくまっすぐに我々を村へ導き入れた子ヤギは確かに、我々を案内したに違いなかった。
お前はいったい何を考えているんだと、僕は心のなかでヤギに話しかける。
お前も誰かに吹き込まれて、俺が何か贈り物でもしてくれるものだと無邪気に思いこんでしまったクチか。だとしたら申し訳ないが医者でも大統領でもない俺は今のところノーアイデアだし、持ってきたのはたった紙袋二杯分の文房具でしかないのさ。手ぶらじゃ悪いと思ってね。
でも悪くは思わないで欲しい。俺が何か約束をしたわけではないし、気を持たせるようなことを云ったつもりもないんだ。ただここを訪れて、この目で何かを見て、そうすればあなたにも変化が訪れるだろうと、ある人が俺にそう云ったのさ。その変化がバングラデシュのためになるかどうかはわからない。でも少なくともあなたにとっては掛け替えのないものになりますよと。
つまり利己的に、自己中心的に訪ねてくればいいと云われたんだと俺は思っている。それで構わないからと。
俺はそう説明を受けているんだ。
僕がそうして来意を告げている間、ヤギは否定も肯定も、こちらを見やることすらせずに、やがて林の陰に埋もれるような村の入口へと僕を招き入れた。