すわ週末。
「明日は引きこもるぜ!」と布団に入り、13時間あまりも寝たところまではよかったが、起きて「NHKにようこそ」の1巻を観てしまうと、2巻以降がうちにはないため30分後には家を出ることになった。
* * * * *
Sが会社を辞めたいと云いだした。
引き留めてくれと頼んできたのはSの上司のIだった。
話を聞くのは構わんが、理由によっては引き留めるわけにもいくまいとひとまず応え、打ち合わせブースへSを呼び出した。
当時の社内はまだ禁煙にはなっておらず、と云うか野良パスタとそのチームがフロアで喫煙するのはやむなく黙認ということになっていた(健康増進法にまつわる一悶着が役員との間にあって、やんごとなき方による大岡裁きがあった)。
なかなか口を割ろうとしないSから事情を聞き出す間にタバコは7本目になっていた。
いまの我々にはSくんの力が必要だ、ここまで君を育ててきた僕やみんなの気持ちに応えて会社へ残ってくれないかと云いながら、思いあまって自分が泣き出してしまったIは目頭を押さえたまま僕の隣で俯いていた。
天井には僕の吐き出した煙がよどんでいて、ぼちぼち「何事か」と通路の向こうからこちらをのぞく社員もいる。潮時か・・・と諦めかけたとき、Sが意を決したように口を開いた。
「エロゲーを、作りたいと思います」
え・・・と一度だけ、僕は聞こえなかったフリをした。隣でIが泣きやむのが分かった。
「エロゲーって、わかりますか?」
愚問だ。僕とて「エロゲーって何ですか?」と訊いたわけではない。
「エロゲーを作る?」
仲間が三人いる。そのうちの1人がシナリオライティングと制作に傑出した才能を持っており、彼のもとでエロゲーを製作することになった。今度の夏コミで販売するためにはいまから引きこもってでも打ち込まなければ間に合わない。
もともと自分はキャラクターの作画を担当するつもりでいたのだが、いざ製作にかかるという段になり、自分だけがフルタイムで働いていることに気がついた。会社勤めをしながらの参加になるが、それでもいいかとリーダーに問うたところ、リーダーは「仕事を辞めなければ、おまえはハズす」と言下に応えたという。
人生にチャンスは限られている。リーダーの彼と仕事ができるかもしれないこのときこそ、僕のチャンスだと思う。不義理を許してもらいたいとSは云った。
キャラクターの作画を担当するお前を外すとリーダーが云うからには、たぶんキャラ作画を担当できるヤツは他にもいて、きっとお前は初めから居ても居なくてもいいと思われているんだぞと教えてやることもできたが、Sも既に立派な大人であった。人として彼の決意をリスペクトする理由もあったし、Iの涙も見せたからには後々後悔するための材料も充分持たせてあると云えた。
礼を失することのないよう、いくつかSの思いと境遇についての質問をし、答えを得ると僕はIの方を向いて云った。「そういうことなら、仕方ないよな」
さきほどまでうなだれていたIはもう顔を上げており、「わかりました」とかすれた声で応えた。
* * * * *
「アニメエキスポ2010」でAKB48が「名誉大使」としてステージにあがり、集まった3,000人を熱狂の渦に巻き込む。
実際には7,100人収容のホールを半分も埋められなかったという報道だが、しかしこういうとき日本人に生まれたことを誇りに思ってしまう。
サッカーW杯も悪くないが、4年に1度というインターバルは日本人であることのテンションを保ち続けるには長すぎる。
「海外の反応~アイドルマスター特集」の7:09からのシーケンスが好きだ。
「このゲームのために360を買った。後悔はしていない。配送されるまであと15日...俺のアイドルはMikiにするぜ!」(アメリカ)
「日本のXbox360?そうでないなら改造しないとできないぞ」(アメリカ)
「改造はもうおわったよ xD あとは日本語を習得しないといけない。一週間前に基礎から始めたばかりなんだ >_<」(アメリカ)
これがあのアメリカだ。
バンダイナムコ、Xbox 360「アイドルマスター2」を2011年春リリース
http://game.watch.impress.co.jp/video/gmw/docs/378/528/html/im3.flv.html
* * * * *
僕が会社を不在にしている間にSの母親を名乗る女性から電話があったと女性スタッフが教えてくれたのは、まだ7月も初めの頃だった。
「なんでも、うちの息子がお宅の会社を辞めた理由を教えて欲しいということで」
それは息子に直接訊いてくれよという話だ。さては不当解雇だなどと親が云いがかりを付けるつもりか。それにしては随分月日が経っており、いずれにせよ不可解な電話ではあった。
僕の不在を告げると、またこちらからかけると云って電話は切れたという。
こちらにはやましいことはないから、今度電話があったらお母さんとは僕が直接話すよと女性スタッフに告げて、僕は自席に着いた。
「S、恩を仇で返すつもりか・・・親にはちゃんと話しておいてくれよ・・・」僕がひとりごつと、まだそこにいた女性スタッフが教えてくれた。
「本人と話、できないみたいですよ。自分の部屋にいて何もやってないから、親がシビレ切らせて事情を探り始めたんですって」
僕のために話を端折ってはいるが、彼女は結構な長話に付き合わされたのかもしれない。
「・・・・そうか」
Iはこの話の聞こえないフロアの向こう側で端末にかじりついている。
「NHKにようこそ」が流行り始めていた。僕には何の得もない話だったが、Sがリーダーとうまくやっていることを祈った。
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