新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

このままだと正義が勝つっぽい件。

2014年の37冊目は "FLASH BOYS" (Michael Lewis / Kindle)。

随分時間をかけたが堂々原書での読破であって、当然中身全部は分かっていない。

とにかく「マネー・ボール」の映画化からこっち、日本でも注目を浴びている作家の最新作とあって邦訳が出るまえに読み切らないとテンションが保てないとパワーで押し切った。

ちなみに米誌の「積ん読ランキング」に入っていたのを見たことがあるから、それだけ話題の書ではあるが読み物としてのデキは(この人にしては)いまひとつだったという評価で間違いあるまい。

なおテーマはHFT(High-Frequency Trading)、ITを駆使してマイクロセカンドの世界で株の売り買いを繰り返し利ざやを稼ぐ新興の金融企業群の闇だ。

Flash Boys: A Wall Street Revolt

Flash Boys: A Wall Street Revolt

 

もっともHFTは昨今、各方面から強い批判を浴びており、またそもそも有名になることにメリットがないという事業の性質から、直接の取材対象にはならない。

金融工学の緻密な世界と、熱気で溢れるトレーディングルームの野卑そのものといった息づかいを伝えて右に出る者のいないマイケル・ルイスが今回追いかけたのは、HFTとウォール街の大銀行がグルになって投資家をカモにしていることに気付き、これに敢然と戦いを挑んだ一群の人物たちの姿だ。

 

コンピュータサイエンスの粋を尽くして100分の1秒単位で取り引きを繰り返す最先端の金融手法の存在が日本に紹介され始めたのは、ちょうどサブプライムローン問題が取りざたされ始めたころ、東証のシステム刷新にあたってのことだと記憶している。

アルゴリズム取引で負荷が増す

現在、証券市場では、米国の機関投資家を中心にコンピュータ・プログラムによって自動的に注文を実行する「アルゴリズム取引」が増えており、これが証券取引所のコンピュータ・リソースを大量に使っている。実際の約定に至るまでに、注文を出しては取り消しをするというやり取りを何度も繰り返すためだ。東証の場合、現在のところ、注文のうち40~50%は約定に至っているが、欧米では20%程度まで下がっている。アルゴリズム取引が最も進んでいる米ナスダック証券取引所では、「10%を切っているらしい」(東証関係者)。 

東証システム、全面刷新の真相 - 【真相3】東証システム、10ミリ秒への挑戦 インメモリー方式で世界レベルの処理速度実現:ITpro

「場立ち」と呼ばれる証券マンたちがハンドサインで売り買いの注文をしていた時代から、まだ10年も経っていない頃のことだ。これはえらいことになってるなとみんな思った。

ところがどっこい、こうした桁外れの高速取り引きを行う業者は次世代の株式ブローカーではなく、実は極めて異端の存在であり、のちにウォーレン・バフェットをして「資本主義に何の貢献もしていない」とまで云わしめることになるグレーゾーンの業者であったと暴かれることになるのであって、米国でその決定打の役目を果たしたのがほかならぬ本書なんである。 


著名投資家をもカモる超高速取引(HFT) | YUCASEE MEDIA(ゆかしメディア) | 最上級を刺激する総合情報サイト | 1

ポイントは2つ。

まず1つは、僕たちが「ニューヨークの株式市場」と認識している取引所が、実はニューヨーク証券取引所NYSE)ひとつに限らずマンハッタンからお隣のニュージャージーにまで広がる一帯に点在する数十の私設取引所のネットワークによって機能していることだ。

ある取引所に入った売り/買いの注文は、より多く、効率のよい成約をもとめて各取引所に伝達され、このネットワーク内に存在する最も有利な条件で約定にいたることになっている。

 

2つめのポイントは、この「各取引所に伝達され」という部分にある。

光ファイバーを介して伝達される売買注文がそれぞれの取引所に伝わるまでには、ごくわずかなタイムラグが存在する。

それはたとえば「ミリセカンド」=1,000分の1秒単位の話だが、いまマンハッタンの取引所で発注された売り注文が、通りの向かいにある別の取引所に伝わるまでの時間と、ニュージャージーにある取引所に到達するまでの間にはこうしたわずかな時間差が存在するのである。

HFTはこのタイムラグを利用する。

つまり本来ならば買い手の投資家が直接約定するはずだった売り注文を一足先に吸収してしまい、振り向きざまマージンを載せて買い手に売りつけてしまうのである。

結果売り手も買い手も少しずつ損をして、この損はノーリスクのプレイヤーであるHFTの利益に計上されることになる。バフェットが不快感を示したのはこういうことだ。

 

ところが話はさらに複雑になる。「ダークプール」の登場によってである。

金融危機を遠ざけふたたび経済を回復軌道に乗せるため、アメリカの中央銀行であるFRBは大胆な低金利政策に出た。

そもそも短期金利長期金利の「サヤ」で稼ぐのが本業であるウォール街の銀行はこの政策のあおりを受け、利益の源泉を手数料ビジネスに求めるようになる。

ダークプールと呼ばれるのは、こうした銀行をはじめとする金融機関が顧客の売買注文を取引所に出さず、自行の顧客間で売買を付け合わせて取り引きを成立させてしまうための私設取引所の一種である。これにより銀行は売り手からも買い手からも手数料を稼ぐことができ、自行のダークプール内での取り引きが活発になればなるほど顧客投資家も銀行もハッピーになると、こういう筋書きのはずであった。

 

ここにもうひとつの欺瞞が明らかになる。

こうした銀行はひとりの「投資家」としてHFTを取引所内に呼び込み、ダークプールで取り引きしようという自分のところの顧客をHFTの「エサ」に差し出す代わりにHFTから莫大な報酬を受け取っていたのである。

ロイヤルバンク・オブ・カナダで高速取引の担当者にされたブラッド・カツヤマは調査の過程で投資家を搾取するこうした構造に気付き、義憤に燃える。

やがて彼は現代の株式取引をさまざまな側面から支えてきた技術者たちを集め、真に投資家の利益を実現するあらたな株式取引所(Investers Exchange = IEX)を起ちあげるために奮闘することになる。

秘密のベールの向こう側で世界中から集めた優秀なコンピュータ技術者を操り、莫大な投資で回線を敷設し、ウォール街の大銀行と陰で手を組むHFTをはねのけて投資家の株式市場への信頼を取り戻すことはできるのか。

これが本書のあらすじとなる。

 

 

債券取引が活況を呈し、伝説が生まれては葬られていった80年代のめくるめく一時代を描いた「ライアーズ・ポーカー」、限られた予算でチームを強化するためセイバーメトリクスの数理科学を導入して一躍有名になった大リーグ・アスレチックのGMに取材した「マネー・ボール」と一般にはなじみにくい概念をわかりやすく紹介することでノンフィクションライターとしての評価を盤石のものにしたマイケル・ルイスは本書でついてにジャーナリストの名を手にしたといっていい。

5年間1237勝1敗の取引アルゴリズムをもっていると云われるHFT・Virtuは株式公開を予定していたが本書の発刊をうけてこれを延期し、現在も上場は準備中となっている。

 

マネー・ボール〔完全版〕

マネー・ボール〔完全版〕