父は職業柄、常に身ぎれいであることを旨としていた。
パーティーに呼ばれても、「今夜のカネは誰から出ているのか」を聞かないうちは箸を付けないと自分で云っていたのを覚えている。聞いたこちらは小学生だ。立派なことだとは直感したがあれやこれやに考えのまわる齢ではなかった。
もとより「貸した」「借りた」がそれほど重い頸城になるわけではない。借りを踏み倒して平気で生きていくにはそれなりの才能とスキルが必要だが、借りっぱなしだとはいえ無体な申し出については断る道理がある。
しかし、にもかかわらず借りは貸した方に尊大な振る舞いを許す名目になりうるし、そういうことがありうると知れているだけで人の世の信頼を失わせるには充分なので、誰かの信頼を失墜させたいときにはこの人に対してカネを貸し込むのがよいともいえる。
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その年の採用活動中、小論文のお題は「インターネットビジネスについて」であって、ある若者の書き出しはこうであった。
「おりしも大統領選中のアメリカでは『テレビのヒラリー、ネットのオバマ』といわれており」
ナイストライだが話がデカすぎた。
担当したM部長が「一行目で切りましたよ」と冷たい目で話していたのが忘れられない。
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データ拝借。
2008年大統領選挙 2012年大統領選挙 トップ大手銀行 オバマ(民) マケイン(共) オバマ大統領 ロムニー ゴールドマン・サックス 約100万ドル 約24万ドル 約1.5万ドル 約64万ドル JPモルガン・チェース 約81万ドル 約34万ドル 約1.5万ドル 約50万ドル シティ・グループ 約74万ドル 約34万ドル 約35万ドル バンク・オブ・アメリカ 約47万ドル モルガン・スタンレー 約51万ドル 約27万ドル 約48万ドル ウェルズ・ファーゴ 約15万ドル 約28万ドル
2回の選挙を比べるとウォール街の熱い手のひら返しが笑えるが、それは別の話としよう。
2008年大統領選挙では民主党員にとどまらぬ熱狂的な支持をうけていたバラク・オバマ候補に対し、大手銀行から軒並み巨額の献金が差し出されていることがよくわかる。
インターネットを通じた無数の個人献金がオバマ躍進の原動力だともてはやされた覚えがあるが、こうしてみるとそれもある種悪質なカモフラージュだった疑いがある。
別の記事だがこの点を堤未果チャンは(勝手にチャン付けしているだけなので、誰かに怒られたら直す)以下のように看破している。
オバマは7億5000万ドル(約675億円)という史上最高額の選挙資金を集めたことでも注目されましたが、その内訳を調べてみると、200ドル以下の小口献金は3割以下に過ぎなかった。それ以外の大口献金は、ほぼブッシュ前大統領のときと同じ業界からだったのです。
今、正直オバマ政権ってどうなの? 注目のジャーナリストに聴いてみました。 - COURRiER Japon(クーリエ・ジャポン) - X BRAND
これに対し、世の反応は以下の通りだ。
2008年9月、政府による公的資金の注入をうけられなかったリーマン・ブラザーズ証券は破産法の適用を申請し、これをもって世界は大恐慌再来の危機に瀕することになった。
年明けに政権交代をひかえてまさに末期のブッシュ政権はこれを受け、一転議会の承認を取り付けて今度は70兆円もの公的資金によりAIGやファニーメイ、フレディマックといった巨大な金融機関の国有化を決定する。
このあまりといえばあまりな混乱のなかで政権を引き継いだのがバラク・オバマである。
「自己責任」に重きをおいて政府による不介入を旨とする共和党によって指名されたブッシュ前大統領がリーマン・ブラザーズを救済しなかったことには政治的な一貫性が認められる反面、米国政府による金融機関の救済は誰にとっても大きな政治的コストを伴うものとなる。
格差の拡大を食い止め、一握りの「勝者」が国の行く末を左右しようとするかのような状況を変えよう(“Change”と“Yes, we can”である。もちろん)と訴えて大統領の座に就いたオバマが大手金融機関の救済を続けたことは、多くの支持者から裏切り行為と捉えられることになる。もちろん政府による支出の拡大を課税強化と受け取って生理的な拒否感を示す共和党からは腰抜けだと批判され、オバマ政権は初手から往復ビンタのスタートを切った。
そこにオバマが大統領候補として選挙中にウォール街の金融機関から巨額の政治献金を受けていたという背景がクローズアップされることになる。先のデータ(2008年)である。
気を付けなければならないのは、2008年末から2009年にかけ矢継ぎ早に打たれたアメリカ政府の金融機関に対する公的資金注入は危機への対応として充分道理のゆくものであるし、結果的にも正しかったと評価できる点だ。
財務省は20世紀末に日本が経験した金融危機と、その後ながく続く「失われた20年」(とここでは呼んでおく)を他山の石とこころえており、“Too little, too late”(少なすぎるし、遅すぎる)な支援がなんの意味ももたないことをよくわかっていた。この思い切った支援への決断はアメリカの金融システムが崩壊しないことを世界に納得させ、最終的には秩序の回復を早めたということができる。
だがオバマ政権が追い込まれたこの決断は、政治的には異なる意味をもって受けとめられた。
ウォール街から選挙資金の拠出を受けたオバマは大手金融機関に借りがあり、破綻へ追い込むことができないでいるのではないかという疑念を国民に抱かせることになったのである。
繰り返すが結論として公的資金による救済は間違った手ではなかった。むしろ緊急避難的措置として注入された額とそのスピードは充分であったし、その後FRBによる歴史的な金融緩和に引き継がれた景気対策は世界恐慌や大不況を招くことなくいままさに出口へ向かわんとしているところである。
だが案の定、その大手銀から「もらっちゃってた」オバマはトップの報酬や従業員のボーナス容認というあらゆる局面で弱腰を指摘され、勘ぐられたあげく、宿願のオバマケアに着手する以前に予算をめぐり議会・世論から大きな成約をうけることになってしまう。結果、2012年選挙では再選を果たすというものの、米大統領としての歴史的な評価は最低レベルに決するだろうと考えられている。
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ホワイトハウスの敷地内に武器を持って侵入することに成功するひとが続出。
ただ、オバマ大統領はホワイトハウスを国民に開かれた「民衆の家」と位置付けていることから、過剰な警備には後ろ向きとされる。
大統領警護隊は侵入騒動が相次いだことで批判にさらされているが、オバマ氏は22日、「シークレットサービスは素晴らしい仕事をしてくれている」と記者団に語り、擁護した。
侵入の動機はともかく、捨て身ともいえるこのひとの良さ自体がいまや大統領として欠格事由にあたるとアメリカ国民は気付き始めているのではないかと思う。