新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

変節。revised 20141015

APAホテルというホテル界の妖怪についてはいつか書かねばならぬと思っているが、それはさておき引き続きAPAホテルに泊まっている。だいたいAPAホテルが最近建てたりリニューアルしたりしているホテルは、まぁ結局の所快適だと認めざるを得ない水準だ。

今回は東新宿駅前の定宿を出て神戸のAPAホテル神戸三宮へ投宿し、金沢もAPAホテルが最低3軒はあるのを目視したがここではご厚意によりトラスティ金沢香林坊、このトラスティというのは部屋の狭さでいうとAPAホテル並みだが怪しげなところがないというか、こうシュッとしているところが素晴らしいわけだが、このトラスティというホテルに泊めてもらって東京へ戻り、またAPAホテル東新宿駅前に入った。

 

オバマにクビにされる夢をみた。

ボストンから戻っての一週間、僕は本当に忙しかったわけで、帰国した日は大学の後輩二人と飲んだ挙げ句二人ともAPAホテルに部屋をとらせ、翌日は私が世話役というか発起人を務めた任意団体の定例会で飲み、その翌日は数年ぶりにお会いしたイケてる孤高の経営者とキャッチアップをやり、木曜の夜はちゃんとした任意団体の主催者である友人とえらくシャレたバーでカクテルを飲み、金曜日は大阪で弁護士と、土曜日は神戸で法事、日曜は金沢で結婚式で飲んでやっと東京へ戻ってきたと思ったら家が燃えていて、そのうえクビだ。

家が火事になって凹んでいる僕のところへ大統領がじきじきにお出ましになって小切手をペラッと僕の膝へ落とし、「キミはクビだ」の一言だった。

アメリカ人なりにさすがにアレだと感じたのか「キミならどこへ行ってもやれるだろう」と励ましの言葉を付け加えて握手を求めてきたので、

「じゃあ大統領を目指します」と答えたが、小切手をみると500ドルだった。

例えば、米国人は前向きな指摘を少し交え、やんわりと批判する傾向が強い。米国では、肯定的なフィードバックを3つ与えてから、否定的なフィードバックをする、というのが一般的な経験則だ。批判の際のお決まりのフレーズは「君はとてもよくやっている。しかし…」だ。

うまく批判する方法―米国ではやんわりと、オランダでは厳しく - WSJ

アメリカ人はディベート好きで、日本人のように意見をはっきり云わないのでは「世界」では通用しないと僕が幼かった頃というのはだいたい日本社会にそういう風潮があった。それは弱者のボーナスである円安下の輸出攻勢で稼いでのしあがった日本がいよいよ成熟社会に移行し、アメリカ社会とも対等に向き合わねばならなくなったことへの不安と覚悟の表れだっただろう。

だがそういうことを云うやつに限ってろくに海外に行く機会も得られていなかったようなその時代において、「アメリカ人はディベート好き」というのはちゃんとしたレポートではなかったし、「意見をはっきり云わない」というのも雑な議論であって、日本人が外資系企業で働いたり日系企業がアメリカ人を雇用するといった現実的なシチュエーションに対する言及があまりなかったこと自体、これが空論であったことを示唆している。

そうではなくて当時求められていたのは、ディベートが好きだったり意見を云わなかったりするのではなく、ディベートのやり方や意見の云い方に違いがあるのだという前提に立った比較文化論とそれを踏まえた実践的なコミュニケーション理論だったはずだ。

 

「アメリカ人の褒め言葉は過剰で、最初に必ず盛大にポジティブなことを云ってくる。云いたいことはそのあとで『こうした方がもっとよくなると思う』という程度」

テキサスで働く友人が話していた。まさにWSJの記事が主張する通りだが、その一方、

「小さいときからそういう環境で育ったアメリカ人は打たれ弱いよ。ネガティブなことを云われたことがないから、頭から否定されるとものすごく落ち込むし、上司に気に入られてないんだと思い込むと出世の目もないので自分から辞めちゃったりする」

これを説明するには上司が気に入った人間を自分の権限でどんどん取り立てることのできる「猟官制度」(Spoils System)的組織内力学についての考察が必要だがここでは割愛する。

まぁ相手を凹ませてしまっては議論にならなければもって協力も得られないので意味がないが、「アメリカ人には敵わない」とまいらされがちだった80年代の日本人にはもっと早く教えてやりたかった。

さらにいえばディベートだって日本人の考える「筋」や「節」とは無縁の、エゴとエゴのぶつかりあいに過ぎない可能性が高い。そもそも相手の考えていることを想像しようという文化のなかで育っていないので、いきおい語勢は強くなるが、要するに相手の云っていることを理解できないで自分の論を通そうとしているだけなのだから、知的な成果は得られまい。

 

大学時代、政治的コミュニケーション理論の講義をもっている先生がいて、この人は英・エセックスに研究者として「留学」して戻ってきた人だったが当然イギリスびいきだった。

 

講演が終わりますとね、イギリス人とアメリカ人ではまったく反応が違います。

アメリカ人はまず寄ってきて、「俺の考えはお前のとは正反対だ」「俺の考えをお前に聞かせてやろう」なんて議論をふっかけてまいりますけれども、さぁきたなと思いまして飲みに行って話をしてますと、「結局のところこいつの云ってることは俺とまったく同じじゃないか」と思わされることがあるんですね。

その点イギリス人というのは面白くて、お前の云っていることはまさにその通りだ、俺はお前に賛同する、とても実りある講演だった、さぁ飲みに行ってもっと話を聞かせてくれなんて申しますね。

けれどもじゃぁパブでビールを飲んで話してみますと「けれどもあそこは俺の意見だとちょっと違う」とか「ここだけは納得できない」とか云い出しまして、最後にはもう、俺の意見とは全然違うじゃないかということになったりいたします。

だから私はイギリス人が好きなんですけれども。

 

とこういう話であった。

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ボストンに住むようになって感じるようになったのはアメリカ人の「おしゃべり好き」「上下感覚のなさ」「仕事のできなさ」ぐらいだ。

実はこの隙間、隙間に「怒られたことのなさ」「気まずいコミュニケーションへの不慣れ」という最大の弱点が隠れているのではないかと推測している。

知的な成果は得られないと書いたが、日常生活におけるTipsとしてこの弱点を見抜いておくことは有益だ。

よく海外旅行先では主張することが大切だと云われるが、少なくともアメリカではおそらく主張するだけでは足りない。なぜなら相手はホテルマンであって対等な立場で主張してくるような社会だからだ。

臆病な東洋人であることにはもう飽いた。

貪欲に私利を求めていきたい。