新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

文明の果てる国のランチ・ミーティング。

そのむかしビビアン・スーという人が日本の小学校へ訪れて「好きな言葉は何ですか?」と尋ねられ、

「早飯、早糞、芸のうち」

と答えていた。

ああ、この人は本当に日本の芸能界というところで「台湾人」でも「美形アイドル」でもなく、一人の人間として戦ってきたんだなと無駄に好感をもった。

芸のうちとは云わないが、オフィスワーカーを昼に1時間の休憩時間をとるひとと飯を食ったらすぐ仕事にかかるひとの二種類に分けるとその後のキャリアには有意な差がみられるものと思う。大学を卒業してそこそこの会社に入れば最初の夏にいきなりなにがしかの賞与が払われることが多いが、このカネでスーツを新調するのとそうでないのとを分けてキャリアをトラッキングするのは面白いはずだとかねてから主張しているが、これもそうだと思う。

格差がとか底辺がとかいうことが盛んに取りざたされると「勝ち組」が即ち悪いことをしているように思われがちだが勝ち組とて一生懸命やっているだけであって、一生懸命やっているのに浮かばれない人が幸せを感じられないのがこの社会の問題だとすれば、それは勝ち組のせいではない。上位1%が社会全体の何割の富を独占しているなどといってウォール街を占拠したのがいたが、本来占拠すべきはワシントンDCであった。


「おひとりさまランチ」は本当に孤独?変わり者?なぜ「集団ランチ」が嫌われはじめているのか|イマドキ職場のギャップ解消法 高城幸司|ダイヤモンド・オンライン

仕事していると経験しなければならない多くの事どものなかで一番苦手なのが、ひとと昼飯を食うことだ。

そもそも飯を食うというのは性交・排泄とならぶ生命の原始的な営みなのであって、この3つにいまさらあまり高い価値を置くことは文明を後退させる怖れがあるというか、つまり動物との差違を広げることで安全を、健康を圧倒的に増進し、ついには燦然とかがやく知の体系を高々と築き上げることに性交した成功した人類の何百万年もの営々とした歴史を侮辱することになりはしまいか。

そういった意味で牛丼屋、ラブホテルと公衆便所というのは同じ部類の闇に置かれるべきなのであって、こういったところから白昼堂々と気持ちよさそうに出てくるのは「俺は動物同然だ」と周囲に知らしめていることに他ならず広義の猥褻にあたると私は長く信じている。

※逆に食事、性行為、排泄行為に本能を刺激する快感が存在することを私はもちろん否定しない。

それをしかもランチミーティングというやつはさらに向き合って飯を食う相手と話せというのだから恐れ入る。

だいたい飯を食いながら話すなと親に怒られなかったやつがいるだろうか。相手が何か云えば返事をするのが会話だ。では話すときは飯を食えず、相手が話しているときには聞かねばならぬときて、いつ飯を食うのか。

要するにランチミーティングなるものが成立していること自体、どこかに横紙破りが行われていることを暗に示しているというものである。

それを「誰それとランチ」などといいふらしているヤツらの正気が疑われる。

「快便!拭かずに会社来ちゃいました!」とか「今日もアッくんとH!愛とかいう前に気持ちE!」とかいうのと同じレベルの、これはシビリゼーションの否定ですよ。

ではお前は人と昼飯を食わないのかというお尋ねがあろうから答えておくが、実際のところ基本的に食わない。

自分からランチに人を誘うことはないし、誘われても断ってひとりでコソコソ増田屋みたいなところで昼飯を食っている。コンビニで買った飯をモニタの陰で食う、つまりハイエナが岩陰で死肉をむさぼるような、ああいうこともするが人とは食わない。どうにもやむなくそういった機会がやってきた際には食事にはほとんど手をつけず、相手の話に真摯に耳を傾け、時宜を逃さず言葉を返すことに徹している。それが会話であり、ミーティングというものだからだ。

 

その点、晩飯はいい。酒が飲める。

酒は云うまでもなく液体なので相手が話し終えたタイミングでグッと飲んでから返事をしても間に合うし、「食べながら話さない!」と怒られたひとも、「飲みながら話さない!」と怒られたことはあるまい。飲みながらは話せないからだ。おのずとマナーは担保されるといってよい。

このようなことから私は意図的に、ひとと会うなら夜と決めている。

昼間会うと「昼飯、食いました?」などと訊かれて「そんなことお前に関係ないだろう!」とは云えず、やむなく「食いました」と嘘をついて、そのあと相手と増田屋でばったり行き会わせて気まずい思いをしたりするからだ。

 

ますます日本に滞在する日数の細る昨今である。

皆様のお目にかかりもろもろのご報告・ご相談を差し上げたい気持ちはやまやまだが、なにぶんこのようなことからぜひとも昼よりは夜のご予定をお預かりしたいと考えている。

いつも勝手ばかり押しつけるようで大変恐縮だが、なにとぞご了承のほどをお願い申し上げる。