新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

俺への手紙。

経営者の端くれとしていまこそメッセージを発するときだということで、ウォーレン・バフェットにならい叡智に溢れた「投資家への手紙」をしたためようと思い立ったが、次の瞬間うちに投資家は自分ひとりしかいないことに気付いてやめた。

「役員への手紙」を書いてもいいが、それをやるとみんな辞めてしまいそうなので今日もブログを書いて過ごすことにする。

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ここでウォーレン・バフェットの言葉をひとつ。

 

市場が完全に効率的ならば、そこに余剰の利益は発生しない。

ひとに比べて充分な情報をもっていない人、その情報を正しく理解できない人がいるからこそ、マーケットから利益を得ることが可能になるのである。

ほかならぬウォーレン・バフェットにこれを云われると相場を追い続ける気力がなくなる。

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本年42冊目は「マネー・ボール 完全版」(マイケル・ルイス/ハヤカワ・ノンフィクション文庫/Kindle)。

ブラッド・ピット主演の映画「マネーボール」は人物に焦点をあてたドラマとして書き直されていたため日本ではあまり認識されていないが、本書は米メジャーリーグ球団とその周辺に大きな波紋を呼び起こしたスキャンダラスな告発本という側面をもつ。

オークランド・アスレチックスの選手年俸は総額でニューヨーク・ヤンキースの三分の一程度。

要するに金のない、中の下ぐらいの球団である。

このチームのゼネラル・マネージャーを務めるビリー・ビーンは70年代に提唱された「セイバーメトリクス」という野球理論を採用し、従来とはまったく異なる基準で選手・戦術を評価、全米から低予算であつめた選手たちで編成したアスレチックスをプレーオフの常連チームへと仕立て上げる。

 

日本でもなんJのような野球好きが集まる界隈では当たり前のように引き合いに出されるようになったセイバーメトリクス

ごくシンプルにいえば、野手の能力のうちゲームの勝敗に意味をもつのは出塁率長打率のみで、足の速さも守備のよさも、勝負強さも「まったく関係がない」ということを膨大なデータから導き出した、その手法と理論のことだ。

ビリー・ビーンは野球経験のまったくないイェール大経済学部卒のアナリストを右腕につけ、この理論を頼りにドラフトやトレードを切り盛りしていく。

「デブは走れないからダメ」

「メジャーリーガー向きの顔つきだからいい」

「フィアンセがわがままだからリスキー」

彼は古株のスカウトたちが経験から重視する要素を一切無視するばかりか打率や打点といったデータにすら見向きもしない。

 

ニューヨーク・ヤンキースはおれたちの何倍もの予算で選手を獲得している。

 俺たちに同じことができるのか?

 このゲームは最初からフェアじゃないんだ。

 ヤンキースに勝ってワールドチャンピオンになるようなチームにするためには、ヤンキースと同じことをやってちゃいけない」

 

野球は塁に出ることで得点に繋がるチャンスが生まれるゲームだ。それがヒットであるかフォアボールであるかは関係がない。よって打者の能力を測るにあたり、打率は出塁率に劣る(打率は四球になった打席数を計算にいれない)。

打点はそのとき塁に何人の走者がいるかによって決まるため、偶然の産物であって選手の能力とは無関係。

30%の割合で失敗する盗塁は意味がない。

送りバントはアウトをひとつ敵に献上するだけの行為だ。

 

こうしてビリー・ビーンは従来野球の醍醐味だと考えられてきた試合の采配までをも監督から取り上げてしまい、スカウト部長のみならず監督をも放出しながらデータへの信念を貫き、勝利を追い求めていく。

「とんでもないデブ」

「投げ方のおかしなピッチャー」

「肘がイカれてファーストしか守れなくなったキャッチャー」

スカウト陣の猛反対を押し切って次々に獲得していく選手はほかのメジャー球団に見放された者たちばかりでいずれも低年俸。

しかしこうして編成されたチームはついにレギュラーシーズンで20連勝というメジャーリーグ記録を達成してしまう。

 

映画とは異なり本書ではビリー・ビーンのこうした華やかでヒロイックな側面の裏で、安くで獲得した選手を活躍させたら高い移籍金でほかの球団へ放出して次のトレードの原資をつくるだの、他球団のGMを云いくるめ、あるいは強引に望みの選手を放出させるだのといった彼の「金融手法」がクローズアップされる。

わりと卑劣で、ならず者といったイメージのはっきりした描写だ。

これは著者のマイケル・ルイスが「ライアーズ・ポーカー」で狂乱の債券トレーディングフロアを描いてデビューした金融界のノンフィクションライターであって、彼自身が情報格差と市場の歪みを利用して利益を得るトレーダーたちの無頼漢ぶりにどうしようもなく心を引かれていることによる。

結果、ビリー・ビーンに取材した「マネー・ボール」はアスレチックスの傲岸なゼネラルマネージャーが米球界を大胆に挑発する書であるかのように受けとめられ、重鎮を含む球界人の強い不快感はビリー・ビーン本人をも直撃した。

このあたりはマイケル・ルイスにも意外、かつ不愉快だったようだが「完全版」で巻末に付け加えられた彼のエッセイではビリー・ビーンと球団に対する配慮も見せつつ、この反感の嵐こそ米球界がデータを直視できずにいることの証左であり、この不明がオカルトに依拠した球団経営を存続させ、一部の選手の報酬をあきれるほどに高騰させている元凶だと改めて断じている。

 

セイバーメトリクスの球団経営への導入というのは、企業の採用においても面接を行わず客観評価のみで採用した方がよい結果が出るという研究結果を発表しているチームがどこかにあったが、たとえばこうしたことを主張するのに等しいかもしれない。

あるいは「最初からフェアじゃないゲームを勝つために、同じことをやっていても意味がない」というビリー・ビーンの明確なゴール設定と経営方針。

シンプルな戦術をたたきこみ、余計なことを考えさせずに動かすことで「二流の集団」に一流の結果を出させるマジメント手法。

常識という厚い壁を打ち破り、自分が有利に戦うための条件を整えていくビリー・ビーンの姿とやり口というのは賛否・好悪は別にせよ、見事というほかない。

 

なおビリー・ビーンのアスレチックスは現在までのところプレーオフを勝ち抜くことに成功しておらず、ワールドチャンピオンシップへの挑戦はいまだ道半ばである。

この理由をビリー・ビーン自身は、「統計的な強さを軸に編成されたチームは短期決戦に強いとは限らない」と分析、ワールドチャンピオンへのあと一歩について自分にできることは事実上なにもないことを認めている。

ここへきてようやく「勝負は時の運」という言葉がその重みを感じさせるところである。