学生の頃はありがたいことに親から仕送りなどを頂戴していたわけだが、それには支出明細を提出する義務が付帯していた。
領収書の添付は不要とされていたので「温泉200回」とか書いてしまってもよかったのだが議員ではなく自分の息子から毎月ファクスされてくる報告書なのだからさすがにノーチェックということはなかろうと、溜めた領収書から明細を作成していたのを思い出す。
なお仕送りには定額の一般会計に加え「書籍代」という特別会計があり、書籍については無制限に前月使った分だけ定額部分に上乗せして送金されてくるという運用だった。
制度として、マネジメントとして僕は本を読むよう設計されていたのだ。
結果たしかに本は読んだというもののワンルームマンションには本棚を据えるようなスペースもとぼしかったため、読んだ端からダンボールに詰めて実家へ送りつけているとしばらくすると「小説ばかり読むな」と書いた手紙が父親から届いた。
これは長年温めていた父親に対する激情がついに爆発する序章となって働くわけだが、そんなことは置いておく。
「無制限」といったからには毎月1万冊を日販から仕入れて実家を破産に追い込むこともできたのに、いまどきの学生が律儀に紀伊國屋の領収書から何からを溜めて実態に即した報告書を送り続けてきたのだ。それをいいことにその中身に介入する、つまりマネジメントシステムの破れを恣意的な言動によって一方的に埋め合わせようという暴力的な振る舞いを、現在にいたるまでどんなところでも僕は許そうとしたことがない。
真実を告げるものには報いなければならない。これを罰すれば真実は隠蔽され、マネジメントは無明の中に迷走し、果てるだろう。
かくして書物の種類をめぐり、我が家のマネジメントシステムは決定的な破局を迎えることになる。
本年43冊目〜58冊目に読んだ書籍をなんらかのくくりごとに紹介して読書メモを振り返る当シリーズ3回目の今回は、ただ「小説」としてくくられた3冊をご紹介する。
ゴースト≠ノイズ(リダクション) (ミステリ・フロンティア)
- 作者: 十市社
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2014/01/29
- メディア: 単行本
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45冊目だったのは「ゴースト≠ノイズ(リダクション)」(十市社/東京創元社)。
今年読んだ小説のなかで素直に一番よかった。
Kindle向けの自費出版が48時間以内に実現し、著作権は作者に帰属したまま売上高の最大70%がロイヤリティとして支払われる「Kindle Direct Publishing」。
そうして公開されていた、いわばインディーズの作品をプロの編集者が見付けて出版社から流通に載せたという触れ込みで彗星のように登場した奇書である。
構想、トリック、筆力と作者の力量があまりにすぐれているため、こうしたエピソードも「仕込み」ではないかと疑われるレベルだ。
高校のクラスでは幽霊扱いされる主人公の「僕」。
席替えではみんなが避ける僕の前の席に望んで座ったかのような美少女。
誰もいない放課後の教室で彼女が口にした一言から、2人の不思議な関係が始まる。
やがて校内では謎めいた事件があいつぐようになり、少女は何かに悩んでいるかのようなそぶりを見せ始めた・・・・。
サムネでもご覧いただける表紙のイラストから登場人物の設定、導入、「僕」が語る一人称と、そのどれをとっても堂々たるライトノベルなのだが、すべてを総合したこの作品は立派なサスペンスであり、「いったい何が起きているのか」をめぐり何度も読者を裏切る上質なミステリだ。
ミスリードなしにこれ以上のあらすじを紹介することは不可能なので、騙されたと思って読んでみていただきたい。
あなたもきっと騙されることだろう(いい意味で)。
51冊目は「永遠の旅行者(上・下)」(橘玲/幻冬舎/kindle)再読。
ハードカバーで持っていたのが、とっくにどこかへなくしてしまった。
kindleでダウンロードできる小説を探していると頻繁に紹介されるのでいっそ改めて購入。
デビュー作の「マネーロンダリング」が小説としてよくできていたこともあって、本書については当初「駄作だ・・・・・」とずいぶんがっかりさせられたものだ。
だがいま読み返すと女性を描くのが下手な作者が全編にわたり少女を中心に据えたのが悪かっただけだとやや同情的になる。「マネーロンダリング」の妖艶な麗子は概ね姿をくらましており、たまに表れてセックスするぐらいだったからよかったのである。
肝心の租税回避スキームは、これは最初から「永遠の旅行者」に軍配があがる。
主人公のキャラクター設定としてPT(3つ以上の国を渡り歩き、年間183日以上滞在するところを作らないことで「合法的」に所得税の課税を逃れる生き方を選んだ人のこと。なお実際には他にもいろいろ要件があるのでご注意のこと)を出してきたと思ったら、それをガッチリとプロットのなかへ嵌め込んでくれるところが気持ちいい。
うまくハマるように事前にいろいろ微調整する下手なマジシャンみたいなところはご愛敬とするほかない。
やはり参考書として読んでいる人が多いらしく、kindleで読むとたくさんの人がいろんなところにハイライトを付けているのがわかる。こういうのもkindleならではの新しい読書体験として新鮮で楽しい。
「43冊目〜58冊目まとめ」とここまで繰り返してきておいてなんだが、こちら59冊目であった。
「その女アレックス」(文藝春秋/ピエール・ルメートル/kindle)。
パリ市警重犯罪捜査課のヴェルーヴェン警部とそのチームを描くシリーズの三作目にして最新作ということだが、本書の他にはもう1冊しか邦訳されていない。
もっともAmazonのレビューでは読者から熱烈な称賛が寄せられており、続刊には期待できそうだ。
2014年「このミステリーがすごい!」第1位とAmazonでは謳われているが、ソースが見付からない。
こちらも珍しいタイプの驚きを与えてくれるサスペンスなのでプロットに触れて紹介することはなかなか容易ではない。
突然パリの道端で誘拐され、監禁されるアレックス。誘拐犯の狙いはわからない。
捜査に駆り出されたのはカミーユ・ヴェルーヴェン。子を宿していた妻が掠われ、捜査むなしく殺害されて以来、誘拐事件にはかかわりたくないと上司には云ってきた。
だが誘拐事件の被害者が生存する確率は時間とともにまっすぐ減少する。
やむなくチームを集めて捜査を開始するカミーユと檻に監禁され狂気の縁に立たされたアレックスを作者の筆は容赦なく追い込んでいくがという、ごくごくありきたりの導入にしか触れることができない。
先にも書いたが広義のミステリーでしかなく狭義にはサスペンスなので本格派を好む皆様にはお薦めできない。
だがフランスのミステリーに特有の陰鬱な空気は最後まで、むしろ他の作品を圧倒するレベルでまとわりつくためお好きな方にはたまらないだろう。
ほかにもいろいろ重なって、このあとジョルジュ・シムノンを5冊ぐらいkindleで買うきっかけになった。