とんでもない事件が起きたので、昨夜から激しく妄想を繰り広げている。
以下、このエントリはすべて僕の妄想であり、僕には事件を批評しようというつもりも、犯人を推定しようというつもりも、事件を肯定したり賛美したりしようというつもりもないことを念のため、あらかじめおことわりしておく。
当然、事実関係についてもなんら保証をしない。これは個人のブログに書き付けられたフィクションだ。
事件のあらましはこう。
全国17都府県のコンビニの現金自動預け払い機(ATM)約1400台で今月15日、偽造クレジットカードとみられるカードが一斉に使用され、総額約14億4000万円が不正に引き出されていたことが捜査関係者への取材でわかった。
約2時間半の間に、100人以上の犯人グループが各地で引き出したとみられる。南アフリカの銀行から流出したカード情報が使用されており、警察当局は背後に国際犯罪組織が関与しているとみて、海外の捜査機関と連携して捜査を進める。
捜査関係者によると、不正に現金が引き出されたのは、東京、神奈川、愛知、大阪、福岡など17都府県のコンビニに設置されたATM。日曜日だった15日の午前5時過ぎから8時前までの約2時間半の間に、計14億4000万円が引き出された。
当初は、人手にまかせたつまらん「叩き」だがシンプルな手法にもかかわらず14億円あまりという収穫に首謀者のカタルシスはさぞや大きかろうと想像するにとどまっていた。
だが事件の翌日、南アフリカの銀行が「流出したクレジットカード情報が使われ、被害を受けた」と届け出た。
この銀行が主張する被害額は21億円相当だという。
つまりこの事件は、南アフリカの銀行が発行するクレジットカードの情報が盗み出され、それをもとに偽造されたクレジットカードを使って100人以上の下手人が日本のコンビニATMから現金を引き出したという、押しも押されぬ「国際金融犯罪」だ。
引き出された現金はコンビニに設置されたATMに収納されていたものだが、これはクレジットカードの与信に対して払い出されたものなので、被害者は与信を行っている南アフリカの銀行だということになる。
この銀行は、ATMを運営する日本の銀行ないし取引を取り持つ機関に対して、払い出された紙幣相当の金額を決済しなければならない。
本件に触れて爆発した僕のノワールに対するロマンチシズムは、おおむね以下のようなところに端を発する。
- 国際金融犯罪といっても、タックスヘイブンをめぐる租税回避などホワイトカラーの犯罪とは異なり、「詐取」をめぐるガチの犯罪、アンダーグラウンドの住人による犯罪であるということ。
- 情報技術の発達により、情報がカネになり、カネが情報になった世界において、情報の詐取がカネの詐取につながるという非常に現代的、あえていえば近未来的だとすらいえる犯罪であること。
- つまり100人以上の実行犯がATMを叩くという、一見暴力的な現象にもかかわらず、この犯罪が非常に知的な人物によって計画されたことがうかがわれること。
- さらに、100人以上の実行犯に2時間半という限られた時間で、しかも17都府県という分散したロケーションで同時に現金を引き出させ、(おそらく)それを回収するという高度に組織化された犯罪を指揮する能力のある人物の存在がうかがわれること。
こういったところだ。
さらに、国際金融犯罪だということがはっきりした時点で、本件の首謀者、あるいはこの犯罪をファイナンスした、いわゆる「金主」は日本人ではなく国際犯罪のプロフェッショナルである外国人ではないかという直観も同時に得る。
なぜならば、この人物が日本人ではなかったとしても、現金詐取の舞台に日本を選んだことにはそれなりの必然性があると考えることができるからだ。
その理由は以下の通り。
- 日本は依然として現金社会であり、街のそこここにATMが設置されていること。
特にコンビニのATMを勘定に入れれば、1人あたりが短時間の間に複数のATMを利用して現金を引き出すことがいとも容易な環境だということ。 - 特殊詐欺、いわゆる「振り込め詐欺」が横行し、その世界ではATMから現金を引き出す「出し子」のリクルートが容易に、安価に、大規模に、組織的に行われ、出し子からの現金回収がセキュアにできる仕組みが確立されていると想像できること。
- ATMから引き出される現金が、米ドル、ユーロおよび英ポンドとならび国際決済が可能な「ハードカレンシー」たる日本円であること。
このようなところだ。
本件で使用されたのはクレジットカードであるから、海外のATMで利用可能なキャッシングの限度額は一日当たり日本円で数万円程度ではないかと考えられる。
つまり本件犯罪のマニュアルには、
「1台あたり、何枚のクレジットカードを利用して、それぞれ限度額いっぱいのキャッシングを行う。それが終わったら次のATMへ移動して同じ事を繰り返す。2時間半の間に預かったすべてのクレジットカードでキャッシングを完了したら指定の場所で現金を引き渡す」
というようなことが記されていたはずだ。
このためには、短時間で移動可能な限られた範囲内に相当数のATMがなければならない。
云うまでもなく、日本はこうした活動にはうってつけだ。
次に「出し子」の問題がある。
特殊詐欺においては、被害者から振り込まれた現金を口座から引き出すポイントに最大の逮捕リスク(チャンス)がある。
日本では、多重債務者を中心にこうしたリスクの引き受け手、逮捕されても何も知らず、組織については何も話せないが、逮捕さえされなければ回収した現金を忠実に組織へ届けるタイプの「実行犯」が大量に存在すると考えられている。
無数のATMに加え、ここから現金を引き出すことに慣れた人材と組織が存在することを知れば、たとえ日本人でなくとも現金詐取の舞台に日本を選んだことはそれほど不思議でない。
最後に通貨の問題がある。
おそらくどんな犯罪もそうなのだが、最後のポイントはゲットした現ナマの処分だ。
特に今回の場合には14億円とも21億円ともいわれる大量の日本円が実行犯の手にわたる。
カネは飾っていてもおいしくない(多少、楽しいが)ので、このカネはどうにか洗って表のカネにしなければならない。
いわゆるマネーロンダリングだ。
これほどの、斬新で大きな仕事だから、おそらく「その世界」では誰が手がけた、かかわったというような話は真偽を混然としながらもすでに流れているのだろうと想像している。
さらにいえば、クリーンだと考えられている「出し子」とて100人以上という規模だ。
いずれどこからどのように捜査の手が伸びても不思議はない。
最終的に「収益」を受けとる金主が海外にいればなおのことだが、いずれにせよ回収された現金は早急に国外へ逃がさなければならないと考えるのが自然だろう。
浅学のわたくしに思いつくのは、だいたい以下のような手法。
- 国内の債権と、海外の債務を相殺するかたちで決済してしまう。
ちょっと想像しにくいのだが、たとえば犯罪組織同士、またはフロント企業同士などの間で国際取引が存在する場合、その支払いにかかる債権債務と今回の「収益金」とを相殺してしまうという手法。
現金は動かないので、海外側はかなりセキュアだ。
ただし国内の組織は現金を抱え込むので、足が付いた場合にはこの現金を司直の手で回収されてしまう怖れがある。
また、火器にせよ薬物にせよ、違法な物件は輸出するより輸入する方が多そうな日本の犯罪組織が海外に債権をもっているという状況は、カタギの僕には簡単に想像できない。 - 国際取引を偽装して送金してしまう。
フロント企業などを使って、海外から何かを輸入したという国際取引を偽装する。
この支払い名目で、本件「収益金」を海外へ送金するという手法。
何を輸入するかにもよるが、国内の企業にはこの支払いの多くを損金化して巨額の損失、つまり節税効果を得るというメリットもあるだろう。
海外でこれを受け取る側については、「海外(域外)からの所得は非課税」という、いわゆるオフショア税制が敷かれている国・地域なら、受け取った支払いに課税されるコストもない。
ただしこの場合にも、14億円なり21億円なりという巨額の現金が国内に滞留することになる。 - 現金を直接海外へ持ち出してしまう
このとき、ATMから出てくるのが日本円だというのが効く。
先に述べたように、日本円は「ハードカレンシー」と呼ばれ、米ドル・ユーロおよび英ポンドとならび、国際決済に使用される数少ない通貨のひとつだ。
これはどういうことかというと、たとえば香港の銀行で日本円の口座を開くと、持ち込んだ日本円のキャッシュをそのまま入金可能だということだ。
持ち出す手段は、おそらく船がベストなのではないかと思う。
国内に現金を残さず回収を妨げるという手法は、ヤミ金で摘発された山口組系暴力団・五菱会が大々的に用いたことでみなさんの記憶に残っているかもしれない。
五菱会が「収益金」を海外へ逃がす手法は、橘玲が「マネーロンダリング入門」で解説しているが、すでに使えない。利用された金融商品自体がすでに廃止されて存在しないからだ。
今回はワンショットであるということもあり、僕はあえて、この現金は物理的に香港へ運ばれると考えたい。
日本では現金百万円以上、またはその等価物を国外へ持ち出すにあたり、税関への申告が義務づけられている。
だが香港では、現金の持ち込み、持ち出しともに制限がなく、もちろん申告の必要もない。
当然、テロ資金や租税回避にからみ、マネーロンダリングには厳しい目が注がれる昨今だ。
香港の銀行にも、持ち込まれた現金に対してそのソースを質すコンプライアンス上の義務はある。
だが香港に現金が現れること自体について、香港法がこれを禁じていないことには間違いがない。
「この現金のソースはなんですか?」
「日本から持ってきた貯金です」
「あ、そうですか」
というやりとりで銀行が入庫を受け容れても、香港法には抵触しないはずだと思う。
これを日本で申告したかどうかは日本の問題だからだ。
こうやってもう一度現金を情報に変えてしまえば、世界の果てまではたったワン・クリック・アウェイだ。
さて、この事件が今後どのように明らかにされるかだが、僕はあまり期待できないのではないかと思う。
前掲の「マネーロンダリング入門」では、大規模な資金流出を起こしたカシオが気合いの裁判でカネの流れを解き明かし、国際金融犯罪の名うてのプレイヤーとその手法を描き出すことに成功するのだが、今回の事件は果たしてそこまで行き着くか。
大がかりな割に「アガリ」が少なく、予行演習に過ぎないのではないかというコメントもFacebookでは受けた。
すでに100人以上を動員しているので、物理的な限界からこのぐらいの金額が上限ではないかという気もする。
だが、今度はまたちょっと違う変化球がくるのかもしれない。
もし、しばらく経って何も明らかにならないようなら、小説にでもしたいぐらいだ。
もちろん、橘玲先生が先にやらなければだけど。