新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

総統閣下は当時、凋落の途上にあったようです。

f:id:boiled-pasta:20160117104603p:plain

ヒトラーは、どのようにして政権を手に入れたかについての典型的な誤りは、「熱狂的な大衆に支持され、普通選挙で勝利した」というものだ。

以下のエピソードが世界的に問題化したことも記憶に新しい。

二〇一三年七月、麻生太郎元首相が、ヒトラーは一九三三年一月に「選挙で選ばれた」結果首相になった、また共和国憲法は誰も気づかないうちにナチ憲法に取って代わったという趣旨の発言をした。

「独裁者は30日で生まれた ヒトラー政権誕生の真相」訳者あとがき

(H・A・ターナー・ジュニア/白水社

だが、実際にはそうではない。

ヒトラーの率いるナチ党は、反ユダヤ主義的綱領や、共和主義と憲法の破壊を宣言するヒトラーの「我が闘争」、野蛮で暴力的な半軍事組織である突撃隊などが左右を問わず多くのドイツ国民から嫌われており、危険視される存在であった。

また党自体も、あいつぐ国政選挙のために財政が逼迫、資金調達の途は絶たれ、組織は末端から崩壊の途上にあったという。

そのうえ、1932年11月におこなわれた国政選挙では、前回選挙での支持を失い、議席を全体の3分の1以下にまで減少させている。これはヒトラーが首相に就任する、わずか2ヶ月前である。

圧倒的な党勢のもとに政権を奪取し、憲法改正に突き進んだというのは歴史的事実に照らし、謝った認識だといわなければならない。

 

本年5冊目の読了は「独裁者は30日で生まれた ヒトラー政権誕生の真相」(H・A・ターナー・ジュニア/白水社)。

怪しいものではない。フルブライト奨学生としてアメリカからドイツへ留学し、プリンストン大学Ph.D.を取得、イェール大学で教鞭をとった現代ドイツ史家による1996年の論文だ。

独裁者は30日で生まれた ヒトラー政権誕生の真相

独裁者は30日で生まれた ヒトラー政権誕生の真相

 

ヒトラーとナチ党の台頭は、莫大な戦後賠償と非武装化を含む屈辱的なベルサイユ条約にくわえ、経済を襲ったハイパーインフレ大恐慌により民衆の不満と民族意識が高まったことによると一般的には解釈されている。

これらは必要条件ではあるが、十分条件ではないと筆者は説く。

このような決定論的解釈は、ともすれば「ヒトラーは歴史の必然であった」という結論を導くことになる。これはヒトラーを免罪することこそなくても、無能な政治家達による多くの失敗、ひいては国民の責任問題を覆い隠すことになる。

ヒトラーは決して避けがたい災厄であったわけではない。

当時のヨーロッパ、特にドイツに多くの選択肢があったわけでないのは確かだ。シュライヒャーのクーデターによる軍事政権の方が、まだ少なく悪だったという著者の主張にも簡単には頷けない。

しかし、それでも数名の政治家が政治的資質によりすぐれていれば、共和主義的政党が日和見に甘んじなければ、国民を含む彼らすべてが「我が闘争」にあからさまなヒトラーの世界観を理解していれば、彼と彼の政党を政権から遠ざけておくことは充分に可能であったことを、著者は記録と証言によって論証していく。

 一九三三年一月一日、苦境に立たされていたドイツ・ヴァイマール共和国の擁護者たちから安堵と歓喜の合唱が起こった。この若い国家は三年のあいだ反民主主義諸勢力の激しい攻勢にさらされてきたが、とりわけ最大かつ最強の脅威となっていた勢力が、アドルフ・ヒトラーの民族社会主義ドイツ労働者党だった。しかし、その時流もいまや変化したように思われた。有力なフランクフルト新聞の社説は「民主的国家に対するナチ党の強烈な攻撃は撃退された」と宣言し、由緒あるベルリンの日刊紙、フォス新聞の主筆は「共和国は救われた」と謳い上げた。十四年前の共和国の成立にあたって重責を担った社会民主党の機関紙、前進は、その論説の見出しを「ヒトラーの台頭と没落」とした。ケルンで重きをなすカトリック系のケルン国民新聞は、一年前に同紙が予測した「ヒトラーが権力に達することは決してないだろう」という当時は大胆に思われた見解もいまでは陳腐なものになったと指摘した。自分の生きた時代について、将来の孫たちに何を語るべきか思いをめぐらせたある作家は、ベルリン日刊新聞にこう語った。「世界中どこでもある男の話でもちきりだった。その男の名前?そうアダルベルト・ヒトラーとかいったかな。で、その後その男はどうなったって?姿を消してしまったよ!」

 それから一ヶ月もしないうちに、ヒトラーが合法的にドイツ首相に就任したということを考えれば、これら共和主義者たちの楽観的な見解は、いまから振り返ると集団妄想のように思われる。しかし、それ以前の出来事を検証して見ると、ナチズムの敵対者たちの期待が、当時は決して根拠のないものではなかったことが判明するのだ。 

本書はタイトルの通り、1933年1月のたった30日間にごく限られた数名の政治家達によって繰り広げられた、極めて政治的な、つまり純然たる権力闘争のプロセスを描き出し、そのなかでひとりだけ完全に非妥協的な「一か八かの戦術」に頼ったヒトラーが、1月30日、ついに首相の座に就いたメカニズムを明らかにしている。

 

そもそもは、社会状況を反映して多数派を形成できなくなった議会が大統領の専横を許したという、ワイマール憲法上の欠陥にことの発端があったというべきなのだろうと思う。

だがそれにしても、自分を首相の座から追い落とした友人に復讐し、ふたたび権力を手にしようと執念を燃やすフランツ・フォン・パーペンの節操のなさには愕然とさせられる。

かつてこのパーペンが首相に就任した際の反応を、フランス大使アンドレ・フランソワ=ポンセは以下のように回想録につづったという。

「誰も信じようとはしなかった。ニュースが事実であると確認されると、誰もが大笑いするかこっそり笑った」。直接パーペンを知る大使は彼のことを印象的に描いている。「特徴的なのは、彼は敵からも見方からも、その言動が全く真面目に受け取られることがないということである。彼の顔は、自分では決して拭い去れない、骨の髄まで染み込んだ軽薄さを示している。その他の点に関しては、彼は第一級の人格者ではない。・・・・・・見かけ倒しで、人の仲をさき、裏切りやすく、野心的で虚栄心が強くて、ずる賢く、ややもすれば陰謀にふけりがちな人物と考えられている。誰もが認める資質ー本人は気づいていないーは図々しさと厚かましさ、それも愛すべき厚かましさである。彼は、敢えて危険な事業を企ててはならない人間のひとりである。というのも、そうした人間はあらゆる挑戦を受けて立ち、賭に出るからである。成功すれば歓喜の涙を流し、失敗すればくるりと背を向けて逃げ出す」。

これがのちに人類最大の悲劇へと発展するヒトラー政権誕生にあたり、助産師の役割を果たしたと本書で一貫して述べられる人物の姿である。

狡猾なだけで一切の大局観をもたないこの小人物は、その狡猾さゆえ、利用しようとしたヒトラーにより逆に要求を徐々にのまされ、最終的には自身の保護者であったヒンデンブルク大統領をも欺き、憲法違反の疑いが濃い手続きのもとにヒトラーを首相に就任させたのだ。

また、パーペンの口車にのり、入閣と引き替えに自党によるヒトラー政権支持を約束したアルフレード・フーゲンベルクは、その

わずか一日後、友人にこう語ったと言われる。「私は昨日、人生最大の愚行を犯してしまった。史上最大の扇動家と同盟を結んでしまった」

このように、悪趣味なコメディの登場人物のように滑稽で愚かしい政治家達が、社会にとってもっとも大きな危険は何かを顧みることなく、虚言と駆け引きによる権力闘争を続けるうちに、いつしかヒトラーがもっとも優位なポジションに立っていたというのが本書の筋立てだ。

 

ではおそらくそうだとして、国民の立場から何を考えていくべきかということを読後感として挙げれば、

「行政と立法(と、司法)のチェック・アンド・バランスが正しく機能していることを確認し、機能していないときには声をあげ、行動を起こすこと」

言論の自由に対する制限を、全面的に退けること」(選挙妨害を通じた権力の独占に繋がるため)

「非常大権のように、国民の権利を全面的に制限する条項が憲法に盛りこまれるのを妨げること」

と、結局は「原理主義的民主主義」の正道を守っていくことしかない。

ただ、選挙民として政治家をみるとき、その本質を見抜く目を養うために、本書を通してヒトラー政権誕生の歴史を振り返ることの意義は大きいかもしれない。

独裁者 [DVD]

独裁者 [DVD]

 

 

【前編】Mike Hearnのビットコインお別れブログを邦訳してみる。

私のオビ=ワン・ケノービこと大石哲之さんがTwitterでシェアしていたMike Hearnのビットコインお別れブログ。

ちょうど弊社内ではビットコイン勉強会を開催中だったので、ホットなトピックも追いかけようと要約を作っているうち、これ全部邦訳した方が早いんじゃないかという気になってきたので取りかかる。

大石さんも云っているが、このエントリーがやたら長い。

半分ぐらいまで訳したところで「従兄弟が結婚することになり、結納がある」と親から報せが入った。

「えーまじ結納!?キモーイ!キャハハハハハ!結納が許されるのは昭和までだよねー!!」という画像を作ろうと思ってジェネレータを探していたら、なんかウイルスに感染したぽい表示が出た。

Chrome上の表示だから、ははーん、ここからひっかけて何か流し込もうという手口だなと思いつつも、念のためNortonのフィルタをチェックすると、ほんとに何かひっかかってる。

というわけで急遽PCを全スキャン、パフォーマンスがた落ちで続きを翻訳するのは難しくなったので、できたとこまでとりあえず載せておきます。

最後になったけど、従兄弟、結婚おめでとう。

 

以下、おことわり。

  1. 素人が社内向けに翻訳していますので、内容を保証することはできません。正しい情報が必要な方はソースをどうぞ。
  2. 内容についての評価・考察は、今回は意図していません。何か知りたい人は大石さんに相談すると返事があるかもしれないし、ないかも知れない。
    大石さんのビットコインブログはこちら。パダワンにも分かりやすく説明されてます。

  3. いずれにせよ、このエントリーはMike Hearnさんがビットコインプロジェクトから離れるにあたっての「このたび株式会社〇〇を退職いたしました」的エントリーなので、「ビットコインはすでに失敗が運命づけられている」というのは、彼の個人的な感想だということは心に留めておく必要があるでしょう。
    まあ、「DeNAは終わった」というブログを書いて辞めていくひとはあまりいないと思うので、そのへんはたしかにアレです。
  4. 「勝手に訳出・転載してんじゃねぇよ、ハゲ!」という声があった場合、「ハゲ!」の部分には強く抗議しますが、前段には応じ、掲載をとりやめます。
    その場合にはあとから出す予定の要約版を残すかも。

     

以下、途中まで翻訳。

*     *     *     *     *

Mike Hearn

The resolution of the Bitcoin experiment

https://medium.com/@octskyward/the-resolution-of-the-bitcoin-experiment-dabb30201f7#.oukji2law

 

Mike Hearn

ビットコインという実験の結論

 

僕は5年のあいだ、ビットコインの開発者を務めてきた。何百万人のユーザーや、何百という開発者が僕の書いたプログラムを使っているし、いくつか僕の議論からそのまま生まれたスタートアップも存在する。Sky TVBBC Newsビットコインについて話したりもした。Economist誌は僕をビットコインの専門家であり特筆すべき開発者だと何度も紹介している。僕はSECや銀行家達に、また一般のひとびとにはカフェで、ビットコインについて説明してきた。

 

初めから僕は同じことをいっている。「ビットコインとは実験であり、実験は失敗することもある。だからなくなってもいいと思える以上に投資してはいけない」。僕はこれをインタビューでも会議の席上でも、メールのやりとりでもいってきた。これはGavin AndresenJeff Garzikといった、ほかの有名な開発者も同じだ。

 

このように、ビットコインは失敗するかもしれないと思ってきたにもかかわらず、いよいよビットコインは失敗「した」と結論せざるをえない状況にはとても悲しく思う。基本的な条件がゆがんでしまっているし、短期的にも長期的にも、コイン価格は下落傾向をたどることになるだろう。僕はこれ以上ビットコインの開発にはかかわらないし、自分のビットコインもすべて売却してしまった。

 

ビットコインはなぜ失敗したのか?

ビットコインが失敗したのは、ビットコイン・コミュニティがうまくいかなかったからだ。

ビットコインは「中心的な組織」も「大きすぎて潰せない問題」もない新たな、分散型のマネーになるはずだった。だが実際にできあがったのは、それより悪いもの、つまり「一部の人々によって完全にコントロールされている仕組み」だ。もっといえば、ビットコイン・ネットワークは技術的に崩壊する瀬戸際にいる。これを防ぐはずだったメカニズムはうまく動かず、結果としてビットコインが従来の金融システムより優れたものになるという望みは絶たれてしまった。

 

考えてみてほしい。もしきみがビットコインのことを知らなかったとして、こんな決済ネットワークに興味をもつだろうか?

 

  • いまあるお金を動かすことができない
  • 手数料は高く、かつ急激に上昇し、予想がつかない
  • 客は店を出ていったあと、ワンボタンで支払いをキャンセルできる(きみはこの「特徴」に気づいていないかもしれないが、ビットコインはそういう風に改修されたんだ)
  • 巨大な履歴データとflaky paymentsに悩みを抱えている
  • 中国にコントロールされている
  • 取り巻く会社や人々が公然と揉めている

 

答えはノーだといっていいだろう。

 

ブロックの限界(Deadlock

ビットコインの現状をよくわかっていない人のために、20161月現在のビットコイン・ネットワークの状況を紹介しよう。

 

ブロックチェーンは満杯(full)だ。ブロックチェーンの本質は連続したファイルだから、「満杯」になるなんてことはありえないと思うかもしれない。それはこういうことだ。ずいぶん昔に、1ブロックあたり1ガバイトという容量制限が、急場しのぎの仕様として盛りこまれていて、いまも残っている。その結果、ネットワークの容量がほとんど限界に達しているということだ。

 

ブロックサイズのグラフは以下の通りだ。

【図】

 

7月に最高値を記録したのは、「ストレステスト」と称して何者かがDoS攻撃を仕掛け、ネットワークに大量のトランザクションを流してシステムを破壊しようとしたことによるものだ。だからこの700キロバイトトランザクション(いいかえれば1秒あたり3回の決済)あたりがビットコインの限界なんだろう。

 

注:

これでは限界は1秒あたり7回の決済だと思う人もいるかもしれない。それは2011年頃の古い数字によるもので、現在のビットコイントランザクションはもっと複雑になっているから、実際の数字はもっと小さくなるんだ。

 

理論上は1,000のはずなのに、実際には700キロバイトが限界になっている理由は、採掘者が、必要とされているより小さなサイズのブロックや、場合によっては空っぽのブロックを作るからだ。たくさんのトランザクションがまだ承認を待っているというのにね。これをもっともよく引き起こすのは、中国のGreat Firewallと呼ばれる検閲システムの起こす干渉だと見られている。これについてはすぐあとで詳しく。

 

より詳しくみると、2015年の夏の終わり頃からトラフィックが増加してきたことがわかる。ビットコインの成長に季節変動があることは、僕が3月に書いた。

 

以下は、週ごとにみたブロックサイズの平均値だ。

【図】

 

平均値が限界に近付いていることがわかるだろう。それも不思議はない。ビットコイントランザクション負荷についていけず、ほとんどすべてのブロックが最大値に達して、それでもまだたくさんのトランザクションが承認を待っているということがよくあるんだ。サイズの列をみてほしい(訳者注:“the 750kb blocks come from miners that haven’t properly adjusted their software” を翻訳できず

【図】

 

ネットワークが限界に達すると、信頼性は大きく損なわれる。だからオンライン攻撃をかけるときは、単に標的に向かって大量のトラフィックを流すだけでいいんだ。もちろんクリスマス前には決済不全が多くなるし、集中する時間帯に遅れが生じるのは当たり前になってきている。

 

ProHashingが投稿したニュースを引用しよう。ビットコインを使ったビジネスについてだ。

 

「今日、何人かの顧客からクリスに問い合わせがあった。なぜビットコインによる支払いが反映されないのかと・・・

 

 問題は、いまやビットコインのネットワークを使っている限り、いつ支払いが完了するかとか、そもそも完了するのかといったことがわからなくなっているということだ。ネットワークの混雑はあまりにひどく、ほんの少し取引が増えただけで状況は劇的に悪化してしまうのだ。60分後か14時間後かわからないなんて状況に、我慢できるだろうか?

 redditビットコインは危機的状況になんかないと書いている人がいるのはバカバカしい話だ。昨日は私が問題をおおげさにしていると批難された。こういうひとたちは果たして、本当に毎日ビットコインで送金をしているのだろうか?」

 

ProHashingはクリスマスと新年の間にもまた危機的な状況を経験した。このときは、取引所からビットコインを送るのが遅延した。

 

ビットコインはこういう状況に際して、手数料を自動的に引き上げることで取引をおこなう人を減らすようできている。ところがこの仕組みはうまく機能しているとはいいがたく、むしろビットコイン・ネットワークを利用する手数料の方が急激に跳ね上がっている。今は昔、ビットコインは強烈な優位性をもっていた。それは手数料が低く、ときにはかからないということだ。だけどいまはクレジットカードの手数料以上のフィーを採掘者に支払うこともめずらしくなくなっている。

 

なぜネットワークの限界は引き上げられなかったのか?

中国の採掘者によってブロックチェーンが支配されているからだ。たった「2人」の採掘者がハッシュパワー全体の50%を担っている。最近の会議でステージにあがった数人が、95%以上のハッシュパワーをもっているんだ。そして彼らがブロックチェーンの発展を望んでいないというわけだ。

 

どうして彼らはブロックチェーンの発展を望まないの?

理由はいくつかある。ひとつは、彼らが使っている「Bitocoin Core」ソフトウェアのデベロッパたちが必要な仕様変更に応じようとしないからだ。もうひとつの理由は彼らがほかのソフトウェアに乗り換えようとしないことにある。採掘者たちは、ソフトウェアの乗り換えを「裏切り」だと感じているようで、自分たちが仲違いをしているという情報が流れ、投資家達がパニックに陥るのを怖れているみたいだ。その代わりに、彼らはただ問題に気づかないふりをして、なんとかなるよう祈っているだけなんだ。

 

そして最後の理由は、中国のインターネットが政府のファイアーウォールによって機能不全に陥っており、国境を越えて通信することすらあまりうまくいかないし、しばしばモバイル通信よりも遅いということにある。ある国全体が、しょぼいホテルのWi-Fiで世界と繋がっているところを想像すれば分かるだろう。さあ、いま中国にいる採掘者がインターネットに接続して1ブロックあたり25BTC11,000USD)の報酬をもらおうとする。けれどもビットコインのネットワークがより一般的になるにつれ、彼らが活躍することは難しくなっていくだろう。こうしたことから、中国の採掘者には「ビットコインが普及するのを止める」という、いびつなインセンティブが働くわけだ。

 

多くのビットコイン・ユーザーや、その周辺は最近まで、こうした問題はおのずと解決するだろうと考えており、ブロックチェーンのサイズ上限は当然引き上げられるものと思っていた。だって結局のところ、ビットコイン・コミュニティ・・・ブロックチェーンを金融の未来だと擁護してきたコミュニティ・・・が、うまれたてのブロックチェーンを自らの手で絞め殺そうとするなどということがありうるだろうか?だが、それこそが実際に起こっていることなんだ。

 

内輪もめの結果、Coinbaseー米国でもっとも大きく、有名なビットコイン・スタートアップーは、「間違った方に味方した」としてビットコインのオフィシャルウェブサイトから名前を削除され、コミュニティ・フォーラムから追放されてしまった。何百人ものユーザーにビットコインを紹介してきた人々をコミュニティが意地悪く叩いたら、大変なことになるのは目に見えている。

 

何がなんだかわからない

そんなことは初耳だというのは、きみだけじゃない。2015年を通して起こったことのなかで最大きな問題は、投資家やユーザーに対する情報の流れがストップしてしまったことなんだ。

 

透明で開かれたコミュニティだったビットコインは、たった8ヶ月の間に、厳しい検閲とbitcoiner同士の争いに支配されるようになってしまった。この変化は僕がいままでにみたなかでも最も醜悪で、だから僕はもうビットコイン・コミュニティに関係しようとは思わなくなった。

 

ビットコインはいい投資商品とはいえないし、だから常に以下のように宣伝されてきたのは正しかった。「実験的な通貨であって、なくなってもいいと思える以上に買ってはいけない」。これは分かりにくいけれども、僕はあまり心配してこなかった。なぜなら投資家にとって必要な情報はどこにでもあるし、個人事業者による本や会議、動画やウェブサイトが理解を助けてくれたからだ。

 

いまはそうじゃない。

 

ビットコインを持っている人の多くは、大手のメディアから情報を得ている。大手メディアが何かを報じるたびにビットコインの価格は跳ね上がり、それがまたニュースになって価格を押し上げるというバブルが生じている。

 

ビットコインに関するニュースが新聞や雑誌に載るまでのプロセスは簡単だ。

ニュースはまずコミュニティ・フォーラムから始まって、より専門的なコミュニティから、テック系ニュースサイトに取り上げられる。それに目を留めた一般メディアの記者たちが、自分なりのアレンジを加えて記事を書くというわけだ。僕はこれを何度も何度も見てきたし、記者達と記事について議論することもしばしばだった。

 

2015年の夏に大変な不始末があって、P2PネットワークのプログラムをメンテナンスしているBitcoin Coreプロジェクトがブロックサイズの上限を引き上げるためのバージョンをリリースできないことがわかった。理由は複雑で、のちに詳しくのべる。でもコミュニティが、引き続き増加するユーザーに対応しなければならないことは明らかだった。そこで古くからいる開発者(僕自身をふくむ)は協力して、上限を引き上げるためのコードを開発したんだ。このコードはBIP101といって、修正バージョンがBitcoinXTとしてリリースされた。BitcoinXTを導入することで、採掘者たちは上限引き上げに賛成票を投じることになるんだ。75%以上のブロックが引き上げに賛成となったら新しいルールが採用となり、より大きなブロックが認められるようになるはずだった。

 

なぜか数人の人間が、BitcoinXTがリリースされたことに対して極めて感情的な反応を示した。そのひとりは、bitcoin.orgのサイトと上位のディスカッション・フォーラムを運営しているやつだ。それまで彼の運営するフォーラムでは、言論の自由の見地から、犯罪行為についてのディスカッションすら許されることがよくあったんだ。でもXTがリリースされたときには彼は驚くべき決定をした。XTは、と彼は主張した。「デベロッパのコンセンサスを得ていない」から、ビットコインとはいえないと。投票は忌まわしい行為だと彼はいった。なぜなら、

 

「民主主義的でないことこそ、ビットコインの最大の美点だからだ」

 

そして彼はXTを完全に抹殺するためにあらゆる手を尽くすことを決め、ビットコインに関する主要なコミュニケーション手段を検閲し始めた。つまり、彼が運営するフォーラム上で「Bitcoin XT」に触れたポストは削除され、XTの話もできなければ、bitcoin.orgの公式サイトからはXTへのリンクも張れなくなった。検閲されていない他のフォーラムへ誰かを誘導しようとした人はbanされた。膨大な数のユーザーがフォーラムから追放され、自分の意見を表明することができなくなったんだ。

 

これがみんなを怒らせたのはご想像の通りだ。どれぐらいのものかはこちらのコメントを読んでほしい。

 

なんとかして、新しい検閲のないフォーラムへたどりついた人もいる。読むだけで悲しくなってくる。何ヶ月もの間、そこでは検閲に対する怒りの声や、検閲を打ち負かそうという誓いの声が毎日みられた。

 

だが、XTや検閲そのものについてのニュースをユーザーに届けられないことは、やっかいな効果をもたらした。

 

はじめのうち、投資家達は何が起きているのかについてはっきり分からなかった。異議を唱える声はシステムによって抑えられてしまっていたからだ。Bitcoin Coreがやっていることに対する技術的な批判は禁止され、その代わり、ごまかすためによくわからないことがバラ撒かれていた。熱狂が渦巻くなかで、多くの人が自然にビットコインを買いながらも、ビットコインのシステムが技術的な限界にぶつかることを知らないのは明らかだった。

 

これは僕にとって大変なことだった。政府は何年にもわたり、証券や投資商品に関する膨大な数の法律を作ってきた。ビットコインは有価証券ではないので、こうした法律は適用されないだろう。しかし法律の「精神」はわかっている。「投資家が充分な情報をもっているのを確認すること」。だいたいにおいて、投資家たちが損失を出したら、政府が注目することになる。

 

Bitcoin Coreは、なぜ上限を維持しているの?

人間関係の問題だ。

 

Satoshiはいなくなるときに、Bitcoin Coreと呼ばれるプログラムの制御を、初期から貢献していたGavin Andresenに委ねた。Gavinは信頼に足る、経験豊かなリーダーで、将来を見渡すことができる人物だった。彼の技術に対する目利きが安心できるものだったからこそ、僕はGoogle8年近く働いた)を辞め、フルタイムでBitcoinに携わっても大丈夫だと思ったんだといってもいい。ひとつだけ、小さな問題があった。SatoshiはGavinに、その役目を引き受けたいかとは訊かなかったんだ。本当のところ、Gavinにはそのつもりがなかった。だからGavinが最初にやったのは、自分と同じコードへのアクセス権を、4人の開発者に対して与えることだった。この開発者たちは迅速に選ばれた。Gavinになにかあってもプロジェクトが滞ることのないようにだ。だから基本的に、この4人というのは、その辺にいる、使えそうな人たちだった。

 

そのうちのひとり、Gregory Maxwellは、変わったものの考え方をした。彼はかつてビットコインは成立し得ないことを数学的に証明したと主張したことがある。もっとまずいことに、彼はSatoshiのオリジナルバージョンに信用をおかなかったんだ。

 

はじめにプロジェクトが公表されたとき、ブロックチェーンはどれぐらいの数の決済にまで対応できるかとSatoshiは質問を受けた。このアイデアが実現したら、ダウンロードしなければならないデータの量はとんでもないものになっていくだろう?これはビットコインの起ち上げ期において、とてもよくあった批判で、サトシには充分備えがあった。彼はこういったものだ。

 

「帯域を使用するのは、それほど高くつかないかもしれませんよ・・・ネットワークが(VISAほどに大きく)なるまでに数年はかかるでしょう。そしてその頃までには、2本のHD動画(と同じ規模のファイル)をインターネット経由で送ることも、それほど大変ではなくなっているかもしれません」

 

いっていることは簡単だ。従来の決済ネットワークが扱っている規模と、ビットコインがそれに代わったときに必要になる規模を比べてみてくれ、そしてそんな成長は、一夜にしては起こらないと指摘しているだけだ。未来のネットワークとコンピュータは現在のものよりも優れているはずだ。だから、単に帯域の問題に限らずとも、ビットコインのネットワークが「頭打ちになることはあり得ない」ということが簡単な計算で分かるんだと彼は僕にいった。

(後編へ続く)