新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

明日の勇者は7年後。

天然パーマのMくんは、連休が明けても天然パーマだった。

挨拶代わりに昼飯を買いに行かせたあと、ここ数日は何をしていたのかと問うと、

「もっぱらゲームをしておりました。『銀河英雄伝説』などを!」となぜか嬉しそうだ。天然パーマなのに。

忙しかったので会話を終えたつもりが、Mは続けた。

「そういえばライブにも一回行きましたよ」

「誰の?」


「MAKE-UPです」

*  *  *  *  *

MAKE-UPは「ペガサス幻想」を演っていたバンドだ。

それ以外は知らないし、それ以上MAKE-UPのことを知っている人も知らない。

だがそもそも週刊少年ジャンプは僕の家では禁制品だったため、僕は「聖闘士聖矢」を読んでいないし、テレビを視ない子どもだったので、アニメも視ていない。

大人になってから憶えた「ペガサス幻想」では半端なハイトーンがこう唄っていた。


「少年はみな明日の勇者」


そのとき僕には5人の部下がいたが、3年でその全員を失った。


部下をもつすべての大人たちは、自分たちが明日の勇者を預かっているのだということを忘れないで欲しいと思う。

彼らが大人になる日をあなたたちは迎えないかもしれないし、あなたたちはまた、その場所にいることもないかもしれない。

それでもどこかで誰かの勇者となるべき少年たちを、いまたまたま預かっていることの責任と幸運を忘れてはいけない。

*  *  *  *  *

深夜、泥酔して終わりかけていた僕が受話器をあげた。

「おまえ、いま時給いくらですか?」

ご覧のようにその先輩は日本語があまり得意ではない。

1000円です。例外はありません。

「じゃあさ、1200円出すからうちで働か「やります!」

1分の転職だった。あとに残すものなど何もなかった。

*  *  *  *  *

あれからちょうど7年が経つ。

人里離れた都庁の裏には住み飽いて、住まいを遷してから4週間が過ぎようとしている。

3年ぶりの通勤電車に慣れるのは早かった。

ブルガリアヨーグルトは5月いっぱいまでキャンペーンをやっていて、10箱食べるとスチームオーブンの当たる懸賞に参加することができる。

今日10箱目が空いたので、僕は官製はがきを買ってきて、切り抜いた応募券を貼り付け、必要事項を記入した。


完全に酒を断って3週間。

久しぶりだからと云って歌舞伎町で道に迷うようなことはさすがにないけれど。


今週の週刊現代についている「数独」の答えは15だと思う。


近所のビデオ屋で「エウレカセブン」の9巻は借りられたままだ。

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20代のなかば、40歳になるのが待ちきれなかった。

目の前にあるもの以外のすべてをそぎ落としたままの自分で、スピードを落とすことなく40歳のカーブを曲がりきれば、「明日の勇者」の矜持を保つことができると思っていた。

歳をとるのがもっと価値のあることだと知るのはずっと後のことだ。

その間、死んだ方がマシだと思ったこともあったが、生まれてこなければよかったと思うことは一度もなかった。

親になにかひとつでも感謝していることを挙げろと云われたら、それしかない。

生きることに勇敢であるためにはそれだけで充分だからだ。


Mに飯を買いに行かせるのは今日でやめにしようと思う。