新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

悪夢の価値は。

Yahoo!知恵袋に「ガンダムの製造費用7,000億円」という、あまり価値のない推定が公開されている。

一方お台場のガンダムが5億円で買われていったという価値が不明の情報が流れる。


人間に体感可能な四次元世界は夢のなかだというのが僕の持論だ。

テーマがなんであろうと関係ない。

これほど貴重な体験はあるまい。

どのような悪夢であれ、僕はそれを味わうことにしている。


象徴的には小学生だった頃にみた2つの夢が同率で首位を守っている。

エンパイアステートビルのてっぺんから飛び降りる夢と、ガンダムを操縦する夢。

実際に体験するなら人生の最後に一度できるかどうかというそれと、だいぶ長生きしないとならないそれだ。

いずれも信じられないほど鮮やかに、僕の記憶に焼き付いている。


ところで人間の記憶というやつは現実と夢を同じレベルに同じ形式で保存するため、あとで振り返ると現実も夢もおなじ「体験」として思い出されるという意味で、非常に興味深い記録媒体だ。

幼い頃の奇妙な体験は、それが実際に起こったことなのか、それとも夢でみたことを「昨日あったこと」と取り違えてしまっていたのか、いまとなってはわからない。

それどころか幼い頃の奇妙な体験などは、じつはつい昨日の夢でみたことを、今朝になってみると「幼い頃の奇妙な体験」として記憶してしまっている可能性すらあるのだから、時間は過去から未来へ直線上に流れているものだと思いこんでいる僕たちの観念などおかまいなしに、「世界」のもうひとつ上位の在り方をかいま見せてくれるというものだ。


ガンダムのコクピットには3枚のフットペダルが存在する。

大学一年生の冬に自動車教習所に通い始めた僕は、難度の高いマニュアル教習に嫌気がさし、また権力マニアの教官に心の底から侮蔑の思いを抱いたため半年近いブランクを経験しながら翌年の夏、ようやく普通免許を取得する。

マニュアル車のようよう減りゆく状況下、オートマへの転向を思ったことも一度や二度ではなかったが、結局最後まで僕をマニュアル車のコクピットにとどめおいたのは、「ガンダムもきっとマニュアルだ」という確信にほかならなかった。


現在でも、重機やそれに準ずるトラックなどではマニュアルシフトが主流だと聞く。

モビルスーツもまた、作業用の機械にその源流を遡ればこその人型であるならば、その動力はマニュアルで伝送されるべきものと僕はいまも信じている。