新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

エンサイクロペディア/失われた都とふたたび甦るべきもの

アンコール・ワットを知ってるだろう。

私はアンコールワットを、その「樹海に侵食された遺跡」という誤ったイメージから「失われた伝説の都」だと思い込んでいた。

そこで彼の地を訪れた際には現地のガイドに何か鋭いことを云ってやろうと思い、

「こんな巨大なものが長いあいだ人目にも触れず、忘れ去られていたわけがないだろう!」と怒鳴ったら、

「いやジモトでは、みんなシッテタ」

と云われてクソ笑ったことがある。

誤解は小学校の図書室で借りた本にあった「アンコール・ワットを発見した探検家たち」の話に端を発しており、これは今なら不思議もない単なる「西洋による発見」に過ぎなかったのだと合点がいく。

もう少しいえば、そもそも樹海に侵食された神秘の遺跡という意味で「ラピュタ」のモデルになったとか「機動警察パトレイバー2 The Movie」の冒頭*1に登場する遺跡だとか云われているのは正確にはアンコール・ワットではなく、しばらく離れたところにあるタ・プローム遺跡だから、お出かけの際にはお間違えのないようご注意いただきたい*2
もっとも私の場合、タ・プローム遺跡はとにかくそのガイドが

「『トゥームレイダー』の撮影でアンジェリーナ・ジョリーがきた」

と5,000兆回ぐらい繰り返したので、もうそういうイメージがついてしまい特に感慨がない。

「おまえさっきから『トゥームレイダー』『トゥームレイダー』ってうるさいけど『トゥームレイダー』なんかゴミだし、アンジェリーナ・ジョリーに興味ある日本人も全国に二十人ぐらいしかいないからな!」

と、云いたい気持ちを抑えていたら帰る時刻となった*3

ブラッド・ピットアンジェリーナ・ジョリーの夫妻はベトナムカンボジアからそれぞれひとりずつ養子を迎えており、両国社会はこのカップルに対してひどく好意的だという印象だ。

ホーチミンシティには僕が知る限り「ブラピとアンジェリーナ・ジョリーがきた」と伝わるレストランが2軒あり、僕もお客さまをご案内する際には得々とそのエピソードを語るが、やはり日本人の反応はおしなべて弱い。

ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリー、離婚成立へ。|ニュース(海外セレブ・ゴシップ)|VOGUE JAPAN

ところでアンジェリーナ・ジョリーの父親はジョン・ヴォイトで、「トゥームレイダー」では親子が共演していることになる。

そのジョン・ヴォイトのキャリアハイはおそらく「真夜中のカーボーイ(Midnight Cowboy)」(1969年)で、この映画は邦題が原題を圧倒的に凌駕している。

さらに余談を重ねるならば、米国による経済制裁が解除されるという歴式的なタイミングでベトナムを訪れた当時のビル・クリントン大統領*4が飯を食ったことを売りにしていたベンタン市場のPHO2000は一階をチェーンのカフェに奪われて空中店舗となったが、味がさらに落ちてもう行っていない。

ハノイオバマ大統領が食ったブンチャ・ハノイオバマとは無関係に永遠だ。

*     *     *     *     *

もう随分と長いあいだ、ブログも書かず、またSNS映えのしない生活を続けてきた。

インターネットではただ自分の痕跡が失われてしまわないよう、誰にでもできるようなポストをただ必死に繰り返すばかりだ。

しばらく前まではFacebookで見かけた記事をTwitterへポストし、バズってるツイートをFacebookでシェアすることによりコミュニティ間の情報格差を「いいね!」に替えており、マーケットでこれはクロスボーダー裁定と呼ばれるが私のやっていたのはまさに乞食の所業である。

あるいはFacebookにイヌやネコ、不細工なガキ、食いかけの飯、家から出た瞬間の空、そんな写真ばかりアップロードしているあなた方に「いいね!」するのはみんな、私のブログを読みにきてもらうための悪質な客引き行為にほかならず、私はそれらの写真自体にはほとんど興味がない。

正直に云えば、あなた方のポストは退屈だし、時にグロテスクだ。

それでも私は当ブログへのアクセスを伸ばすためなら敢えてそんなこともする。なぜならそれが右でも左でもなく愚かさへと、無知蒙昧の奈落へと急速に傾斜していく現代とこれからの歴史を向こうに回した私自身の闘争だからだ。

ソーシャル・ネットワークを通した、燃え盛るブログを掲げる闘争だ。

だからどんなに危険だといわれていても、私は届いた友達リクエストにはすべて応じているし、たとえそれがありえないレベルの巨乳など明らかなスパムアカウントだったとしても例外ではない*5

差し支えなければこういいかえてみよう、つまり私は私なりに人類とこの社会を愛している。

 

最近、「資本主義の思想史」という本を読んで、私は自分が戦っている相手の名前を改めて知った。

中世、というのがそれだ。

資本主義の思想史: 市場をめぐる近代ヨーロッパ300年の知の系譜

資本主義の思想史: 市場をめぐる近代ヨーロッパ300年の知の系譜

 

中世はやはり暗黒だ。

まず知識が僧院の書庫に幽閉され、ひとびとの理性がふたたび無明の闇におかれたという意味で紛う方なく暗黒だ。そして宗教が、あるいは権力が宗教を用いてひとびとの精神を支配したという意味でさらに暗黒なのだ。

しかし、あるときそこへ活版印刷が現れる。グーテンベルクがやってしまう。

書庫が開かれ、書物から情報が引き剥がされてあまねくひとびとのもとへとコピーされていってしまう。漫画村状態になる。

次に疑念が生まれる。つまり理性が目覚める。

身分と土地に縛られ、分を守って生きていくのに理性は要らない。親のまねをして大人になり、そのまま同じ仕事を引き継いでやっていく。ザッツ・オールだ。規律と賞罰があればある種のネズミにだって同じことができるがネズミに理性があるとは誰もいわない。それは飼育であり隷属だ。

だが情報は違う。

情報というやつは全体として整合しない。あるいは全体をもたない。あるいは整合したふたつの情報はもはやひとつの情報だから、また他の情報とコンフリクトする。そこに議論が生まれる。考えるということが必要になる。「いや、さすがに?」*6という奴が出てくる。

インターネットを開いてみよう。すぐに反対する奴がいる。「いやそれは違うと思います」という奴が出てくる。これはバカだ。すぐわかる。違うのは当たり前だからだ。同じだとしたら、それはソースが同じなのであってまだ誰も何も考えていないだけの話だ。そうではない。「この違いはどこから来るのか?」「この違いはどこへ行き着くのか?」「この違いは実はどこかで整合するのではないか?そうしてやがてひとつの情報になるのではないか?」ということだけが議論なのだ。それが理性の働きなんだ。

「そんなのキリないじゃないですか」という奴がいるだろう。

キリがないんだよ。お前、中学校で習う数学が確立されるまでにどれだけ時間がかかってると思ってるんだ。進化論すらダーウィンから100年以上経ってまだ片付いてないんだよ。それが情報なんだ。知識なんだよ。常に理性によって疑われ、磨かれて消え去り、あるいは残るもの、それがあの暗黒の中世以降に人間が得たもののなかで唯一価値のあるものなんだ。石版に刻まれた戒律なんかお前には何も与えてくれないだろう、それはお前から自由を奪うためのものなんだから。

知識をもたないやつには疑念がない。これ以上はさすがに危険すぎていえない。だが中世が知識を隔離したのは目的からすれば正しいムーヴだ。中世の農奴にとって生きるために必要なこと以外に「知識」といえるものは聖書一冊分しかなかった。生きるために必要な知識を疑えば死んでしまう。聖書に書いてあることは読めないから疑いようがない。だから好色な聖職者の口から出る言葉がすべてだった。「イエスがこう云ったんだ!いいか?な、うん……」と云われればエッチなことをされてもそういうものだと思うしかなかったのだ。自分には聖書が読めないのだから。me tooかどうかも分からないのだ。他の人に話せば雷に打たれて即死だとかいわれるのだから。炎に焼かれて二目と見られぬ顔になるとか云って脅されるのだ。たぶん。

だからこのグーテンベルクというやつはかなりヤバい。「聖書?刷りましょう」とか云って刷ってしまう。自分が何をいっているかまったく分かっていない。そして大戦争が起きる。疲弊したヨーロッパでベルサイユがショートして爆発する。「やっていきましょう」といってナポレオン・ボナパルトが体制としての中世をガッとやってしまう。そのあとでイギリス人が「やっとるかー?」とかいいながらきてボナパルト島流しにすると近代がやってくる。

だが中世は死んでいない。

その影を我々は今日も目にすることができる。

*     *     *     *     *

資本主義にはバグが存在する。

だがそれは構造的な問題ではなく修正パッチの配布が可能だ。

40歳になったらその開発に着手して「#うでパッチ」とか書いて引退するのが私の夢だったと云ってもいいが、うまくいかない。正直少し能力の限界も感じている。

一方で現代民主主義のハックがそれほど難しくないことはもはや明らかだといっていいだろう。こちらの方はだいぶん厄介だ。

民主政体というのはたとえば先進国だけをとっても国ごとに様々だから、そのどれもがそれなりに具合悪くなるというのは共通する環境に問題があるのだろうという見当はついていて、おそらくそれはインターネットの発達、つまり通信とストレージの爆発的な進化に対してヒューマン側、つまりインターフェースの進歩が追いついていないことではないかと思う。

この解決に時間がかかるのはもちろんのことだが、政治社会というのは「偉い奴が自分に有利なルールを決める」という性質上、どうしても強いモメンタムを生じるようになるから、いちどおかしくなったものがおかしくなるところまでおかしくなって、それから少しずつ本来のかたちへ戻ってくるまでの往復にはいまからだいたい500年ぐらいかかるのではないかというのが私の推測だ。

この500年を、私は人類史上第二の中世と呼ぶことにしている。

これから無明の世界にのまれようとする人類に贈る言葉はない。

だが500年後、ふたたび目覚めた理性の灯りで世界を照らし始める人類のために、私は本当の知識を、情報をできる限り遺したいと願う。

いろいろ考えたが、できることはふたつある。

それはちょうど、アイザック・アシモフの「ファウンデーション*7と同じ数だ。

気を持たせるようなことを云ってしまったが、それは戦術だ。実はこのブログ自体はそのふたつに入っていない。このブログはいまから続く長い長い戦いの、いわばお通しに過ぎない。

無理に食ってくれとはいわない。だが勘定はいただこう。

そこにあるリンクを押せばいいのは分かっていると思う。

*1:「東南アジア某国」。

*2:ご存じない方のために付け加えると、アンコール・ワットは同じような遺跡が霞ヶ関みたいに大小取り混ぜて多数点在している「アンコール遺跡群」の一部なのだ。

*3:だだしこのガイドは日本語に堪能で人柄もよく、ご要望があれば名前をお知らせしたいと思う。あなたがその二十人の一人ならば必ずや楽しんでいただけるだろう。

*4:いまのところビル以外に大統領になったクリントンはいない。

*5:当然これは誇張であって、「共通の友達」がいる場合には承認しないことがある。

*6:【いや、さすがに?】ウメハラのマネ

https://twitter.com/umesurebot/status/1000398090371678209

*7:20世紀の巨匠アイザック・アシモフが著したSF大作「銀河帝国の興亡」では、銀河帝国の滅亡を見通した心理歴史学者のハリ・セルダンが来たるべき復興の礎となるべく銀河の辺境にふたつの「ファウンデーション」と呼ばれる社会を用意する。

タイムパラドクス/当選しなかった大統領の犯罪。

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最近かなりまじめに仕事をしていて、まじめにというかこれはほとんど今までのツケが回ってきただけの話なのだが、それをやってみて思うのは、やはり仕事をするなら社員がいなければダメだということだ。

一人社長とかはもうやはり無理だ。社員がいないとたしかに人事はやらなくていいが、それ以外を全部自分でやらなければならない。

みなさんはいったいいつゲームしてるんです?

しかし日本において雇用関係とは契約というよりも血縁に近く、社員を雇うと会社には責任が生じるから経営者はいつしか社員のために会社を回し、やがて悪事に手を染めることになる。

つまり、なべて会社とは悪事への道なのだ。

会社をしている奴が悪事へと走る。

最近人気の悪事はどれも指示した奴とされた奴との「バディもの」で、どちらがどれだけ相手をかばうか、どっちの方がどれだけ悪いかなどがもっぱら茶の間を賑わしている。
人はその立場ゆえに罪を犯すのだ。

いろいろ意見はあると思うが、 モラルのない非人道的な人間が上司にいる職場として私はホワイトハウスを挙げたいと思う。

ただし同情する余地がないのは、ホワイトハウススタッフというのはだいたいにおいてその方が自分に有利だからそこにいるのであって、辞めたければいつでも辞められるからだ。

もしかしたらもう自棄になって昼間から飲んでいる奴もなかにはいるかもしれんが、それでもまぁアメリカ人は身体もデカくて酔いにくいということもあって責任能力なしとは誰もしないだろう。

いまのホワイトハウスでそうでもないのはおそらく首席補佐官のジョン・ケリーぐらいで、この人はホワイトハウスの激ヤバ状態を見てお国のためにとその中枢へ飛び込んだ訳なので、 気の毒というかこれはおそらく軍人の習性みたいなものだと思う。

たぶん立派なひとなのだろう。

A Higher Loyalty: Truth, Lies, and Leadership

A Higher Loyalty: Truth, Lies, and Leadership

 

ジェームズ・コミーの回顧録 “A HIGHER LOYALY: Truth, Lies and Leadership” (「もっとも忠誠を尽くすべきこと: 真実と嘘、そしてリーダーシップとは」)読了。
誰が自伝にこんな題名をつけるんだろう。最低のタイトルだよ。

著者のジェームズ・コミーは2016年の大統領選にはじまる一年のあいだに四度までその名をとどろかせた、当時のFBI長官。

そのうち三度の騒動はトランプ自らが「コミー・ワン」「コミー・ツー」「コミー・スリー」と呼んだとこの本のなかにある。

 

2016年7月5日(投票4ヶ月前)「コミー・ワン」

ジェームズ・コミー記者会見:ヒラリー・クリントンの「メール疑惑」捜査したけど何もでなかったで。これにて捜査終了な。

世論「なんでお前が記者会見すんだよ!司法省長官の仕事だろ!」

ドナルド・トランプ「FBIは疑惑を隠蔽した。この選挙は完全にインチキで、ジェームズ・コミーはshow boat(目立ちたがり屋)だ」

 

10月28日(投票の11日前)「コミー・ツー」

ジェームズ・コミー議会へのレター:やっぱり捜査再開します。

世論「ファッ!?もう選挙まで二週間ないよなにやってんの!」

ドナルド・トランプ「私はジェームズ・コミーが嫌いだが、今回はヤツもガッツのあるところを見せたようだ」

 

11月6日(投票日の2日前)「コミー・スリー」

ジェームズ・コミー議会へのレター:何も見付からなかったのでもっかい捜査終了します。

両党支持者「何やってんだよ!いい加減にしろ!」

 

11月8日(大統領選)

ドナルド・トランプ大統領(President-elect)爆誕

 

5月9日

ジェームズ・コミーFBI長官更迭

 

6月7日

ジェームズ・コミー前FBI長官、議会公聴会を翌日に控え、「ロシア疑惑で辞任したマイケル・フリン補佐官の捜査を中止するよう大統領から要請を受けた」と爆弾を投下

 

もちろん悪いのはヒラリー・クリントンだ(ただ当選したことをもってトランプを非難することはできない。それはいくらなんでもやりすぎだ。気持ちはわかるが)。

クリントン国務長官時代、規則に違反して自鯖を使いクリントンメール・ドットコムというクソみたいな独自ドメインのアカウントで仕事をしていた。

そのために記録に残らず消えてしまったメールのなかには、彼女の不正や不誠実なふるまいが隠されているのではないかという疑惑が「メール疑惑」だ。

だが結果的に「シロ」と出たこの疑惑が、FBIの捜査を通じて選挙の結果へ直接的に影響した可能性にを完全に否定できるひとはほとんどいない。

公聴会で「FBIの捜査が大統領選の結果に影響を及ぼした可能性についてどう思うか」と質問されたコミーはこう答えた。

「軽く吐き気がします(mildly nauseous)」

問題は、どう影響したかだ。

ジェームズ・コミーと彼のFBIは、トランプの勝利を後押しする役割を果たしたのか。

だとすれば、なぜ彼は当選後のトランプからあんなにも冷酷な仕打ちを受けることになったのだろうか。

 

「コミーは選挙を誘導した。だがどちらに誘導したかがいまも分からない」というツイートを自嘲気味に紹介するコミーの口調には、ほとんど疲弊に近いものがある。

アメリカ国民は長くこのジェームズ・コミーという人物の真の姿を図りかねていた。

「いったいあいつは何がしたかったのか」そして「何をしたのか」あるいは「しくじったのか」。

それにコミー自らが答えようとしたのがこの本だ。

 

要旨は簡単だといっていいと思う。

  1. 司法省は選挙への影響を怖れ、「メール疑惑」幕引きのタイミングを逸していた。このため政治的に中立であることを旨とするFBIが証拠に基づき捜査の終了を宣言することにした。
     →誰もFBIが政治的に中立だとは思っていないので裏目にでた。
  2. 10月末になって、クリントンが「破棄されて見付からない」としていた数十万件のメールがなぜか別件で逮捕された男のノートパソコンから発見された。無視することもできたが、そうするとクリントンが当選した場合、FBIは爆弾を腹に抱え込んでいることになる。
    どちらの道も困難だが、まだマシと判断して投票までに捜査を進めて片を付けてしまうことを選ぶ。
     →何が起きているのかを国民が理解できず、あたかも選挙妨害であるかに映る。

  3. 司法畑にキャリアを捧げたものとして、あるいはそのずっと前からコミーは人の尊厳に対して敬意を払い、内なる誠実さに向き合うことを大切に思ってきた。
    「メール疑惑」をめぐりコミーが下した判断はどれも褒められたものではないかもしれないが、それらは合衆国憲法の精神を護持し、権力から国民の権利を守るためにとらざるをえなかった選択であり、同じ立場にあれば、また同じことをするだろう。
  4. トランプはクソ。

つまりは不器用な人間なのだろう。

ケヴィン・スペイシーがカメラに向かって過ぎた大統領選の内幕と自分の果たした役割を得々としゃべり、“Welcome to Washington.” と締める “House of Cards”のオープニングが私は好きだが、つまりワシントンには何かの価値を本気で奉じている者などおらず、すべてが利己的な党派主義の論理で動いているわけだ。

本書でも多くの人間が表と裏の顔を使い分け、表だっては支援できないが、実は私は君の味方だとささやいてくる。

ここ最近で3冊の回顧録を読んだが、そのすべてに同じことが書かれていた。

そんななかで無骨なまでに「憲法の述べるところ」と「FBIの政治的中立」を求め、あえて困難な道を行ったのがジェームズ・コミーだ。

そしてあわせて4冊になる回顧録のなかで、唯ひとりヒーローになれなかったのもコミーである。

誰が任命したかといえば、バラク・オバマ。さもありなんというところだろう。

「完全にアメリカ生まれと断言できる犯罪組織は議会を除いて皆無である」*1

こうしたワシントン・タイプにはコミーはさぞ愚かで迷惑、ことによっては滑稽に映る人物だったかもしれない。

だがワシントンDCなどは小さな街で、本来アメリカという国で広く敬意を集めるのはこうした人物だと僕は信じている。

アメリカ人の愚かさが多くの場合にその真面目さからくるというのは誰もが認めるところだからだ。

たしかにコミーはFBIが国民の目にどう映っているかを図りかね、勇み足を踏んだ。政治的に中立であろうとするあまり、組織防衛だととられかねない決断もあっただろう。

だが、誰にコミーを非難できよう?

「現実と理想との隔たりに人間の悲惨があり、現実から理想に向かおうとする意思に人間の栄光がある」とはまさに、全国にある自由の女神像を爆破して回る男を描いた「リヴァイアサン」のあとがきに記された言葉だ。*2

自分の臆病さを、卑怯さをかみしめて大人になったジェームズ・コミーが絶対に譲るわけにはいかなかった理由を、そしてドナルド・トランプを許すわけにはいかないと考えている理由を、この本から読み取ることはさほど困難ではない。

ゴールド・コースト〈上〉 (文春文庫)

ゴールド・コースト〈上〉 (文春文庫)

 

 

*1:ネルソン・デミルの小説「ゴールドコースト」の冒頭に紹介されるマーク・トウェインの言葉。

*2:リヴァイアサン」(ポール・オースター作/柴田元幸訳)

マッサ・ゴー・ゴー/キングの午睡

私はマーチン・ルーサー・キングJr.を尊敬している。

I have a dream.”と語りかけ、現代アメリカのもっとも暗い歴史の中に斃れたあのキング牧師だ。

私にも夢がある。

いつの日か顔のところに丸い穴のあいたマッサージ用のベッドを家に買って、夜はそこでうつ伏せになって寝るという夢だ。

本当はマッサージ師を兼ねたベトナム人のメイドをまぁまぁな給金で雇いたいというのもあるが、これはビザが難しそうだし、そもそもベトナム人のメイドが国を離れ日本で暮らすことを幸せだと感じるか分からないのでやめた方がいいと思っている。

これが私の夢だ。

つまりキング牧師を尊敬しているというのは嘘。

私はリベラルだからひとのことを崇拝したりはしない。それはまさにキング牧師が払おうとした人類の闇へと繋がる道に他ならないからだ。

リベラルは普通こういうことが分からずにすぐひとを祀りあげようとするのだが、私の方がもっとリベラルだから、そういうことは分かっているのだ。


最近はいろいろ事情もあってベトナムへ出張する機会に乏しくなっている。

だがいまもホーチミンシティへ行けば正確に1日1度、訪れるのがMoc Huong Spa。急速な発展もあって変化の激しいこの街で、現在も堅調に良質なサービスを提供し続けている。

ステイ・マッサージド。 - 新宿メロドラマ

7年前にホーチミンシティへやってくるまでの私の仕事ぶりを説明するのは難しい。

ただそれなりに大きな組織で仕事をするということは自分の仕事だけに集中しておればあとはそれぞれに他の人がやってくれるということでもあり、いま思えば僕はやはり仕事をなめていたというか、経営者の端くれであって使えるリソースは目がくらむほどあったにもかかわらず、自分の仕事で自分を忙殺するのを楽しんでいたと、こういう誹りを免れないと思う。


だがそれでも結果的に生来の肩こりを悪化させ、おまけにひどい不眠を抱えていたあの頃の私は、ホーチミンシティへ来て日本より安価なマッサージへ入り浸り、昼の日なかに暗がりで横たわっているあいだだけ、静かで深い眠りを味わうことができたのだ。

初めの頃は日本人社会では顔役であるさる方の営む店へ通ったが、ここは正確にはフットマッサージ店だった。

今考えると簡素なしつらえの店だったが、ここは1階でベトナム式の耳かきがサービスされていて、このベトナムの耳かきというのが本当に凄いのでベトナムへ訪れた方はぜひどこかで試していただきたいといまも思っている。

それは簡単にいうと歯医者の治療に似ている。この店でもマッサージをする娘はそこそこ入れ替わりがあったが、この耳かきだけは高度な技術を要するため基本的に同じ女性が担当で、彼女が10種類ぐらいある金属製の器具を駆使してまさに歯医者かあるいは錠前屋の案配でひとの耳を掃除していく様は圧巻であった。

私は初めてこの店へ連れていかれて以来この耳かきにやみつきとなり、毎日のようにマッサージへ通っては、そのあと耳かきをしてもらってからやっと仕事へ戻るという生活を繰り返していた。

ただ、おそらく耳かきはそんなに頻繁にやるものでもないのだろう。数ヶ月後が経つと夜寝ているあいだに耳の穴から出血をするようになり、日本の医者へかかったら「お前はとにかくそのベトナム式の耳かきとやらを即刻やめろ」と警告を受け、それからはあまりやってもらうことができなくなった。

たぶん担当の女性も「そろそろやばいなぁ」と思いながらやってくれてはいたのだろう、ぱたりと耳かきをしなくなった僕の顔を見ると気の毒そうな笑顔を浮かべて手を振っていた。

たとえ客のためにならないとしても、金を払った客が望めば応えるのがベトナム人のホスピタリティだ。道端の靴磨きなどはスニーカーも磨く。本当だ。

「あなたのためにならない」などはそう、しゃらくさい話なのだ。


ところで先の店は当時の私の職場からは少し離れていて、1年ぐらいは通ったと思うがやがて炎天下を歩いていくのに飽いた私は手近な店へ入るようになり、そこでボディマッサージのベッドへうつ伏せになると異常に深い眠りが得られることに気付く。

ここから私がマッサージへかける時間は膨大なものになる。毎日行くのは当たり前、60分や90分ではもはや話にならず、行けば必ず120分の施術を受けるし、「今日は90分しかできない」と云われたら、そのあと他の店でさらに90分の都合180分をハシゴするという、これが日常だった。

私は毎日マッサージベッドの上で睡眠をとり、うつ伏せになる時間が長すぎて膝の関節を故障していた。

それがちょうどホーチミンシティではマッサージ・ルネサンスともいうべき新店ラッシュの頃であって、トンドゥクタンにできたMoc Huong Spaは初めから私の本拠地になった。

そんな具合だからオープンから1年が経った頃、毎日会っているMoc Huongのマネージャーが紫色のカードを取り出し「VIPカードができました」と云ったとき、その番号が002だったことに特段の驚きはなかった。

ただし、まだこの上に001の客がいることには少し驚いたと認めなければならない。


私の知る限り、世界最高のスパは伊豆北川温泉・望水に入っているHeavenly Spa GECCAだが、最高のセラピストはMoc Huong Spaのスタッフナンバー13番だ。名前は知らない。技術と気配りに優れていて、男女を問わずホーチミンシティを訪ねるお客さまにもお薦めしているが、だいたいの人が次の日も行きたいという。

ただこういうことを云うとインターネットでは

「最高と聞いて訪ねてみましたが、正直『どこが?』という印象(笑)」

「タオルの温度がおかし~い」

「スタッフ同士がお喋りするのが気になって休めませんでした」

「リピートはないです」

みたいなことを云うひとが現れるわけだが、だいたい日本人の客というのは馬鹿で、ホテルのレビューサイトなんかへ行くと

「コンセントの位置がおかしいと思いました」

などと書いて海外のホテルからは「モンスター」と呼ばれているのだ。

Moc Huong Spaも新興国なりの物価上昇のなかで2時間3,500円ぐらいには値上がりしたが、それでも日本でてもみんの椅子に着衣で30分も座れば3,000円。

10倍だぞ、10倍!


ベトナムのマッサージをめぐる思い出のひとつに、「米ドル払い」と「チップ制」がある。

米ドル払いは別にマッサージ屋に限ったことではないが、インフレの激しかった頃はまだどの店へ行ってもベトナムドン価格と米ドル価格の二重表記が多かったのだ。

これは当局の通貨防衛策によっていまはほとんどなくなった(だが米ドルを出せば受け取る店はいまも多いと思う)。

マッサージ屋のチップ制もまた外国人向けの店ではいまやめずらしくなったカルチャーで、たぶんMoc Huong Spaが開店直後に取り止めた頃から急速に姿を消していった。

マッサージ屋のチップ制というのはおそらくスタッフのインセンティブというよりも所得税社会保険料を負担したくないという労使の一致した利害から維持されていたシステムなのだと思うが、これが面倒なのは別に日本人に限らない。

アメリカ人だって国では何も考えず決まった料率のチップを書き込んでいるだけなのだから、ベトナムでマッサージにチップを払ってくださいといわれたら困るだろう。

だいたいベトナムには特にいくら払えと決まったチップ制度がない。

「チップはどうすればいいんですか?」とお客さまがお尋ねになると、私の答えはこうだ。

「特に必要ではありません。ただし渡せば効果は絶大です。コストパフォーマンスの伸びそうな奴には20,000VNDから50,000VND(100円から250円)ぐらいを渡してみてください。あり得ないレベルでパフォーマンスの出るのがいます」


ベトナムは「ほほえみの国」ではないが、ベトナム人は気持ちで動くひとたちだ。

悪いひとたちももちろんいるにはいるが、そんなものはどこの国だって同じ話で、それを突っ込みたくなったらあなたはインターネットのやり過ぎだ。

ベトナムのひとびとを「カネにきたない」「裏切り者」と呼ぶひとの半分は高齢のアメリカ人で、これはベトナムにはアメリカに冷たくあたる理由があったということを思い出してもらわなくてはならないだろう。

それもいまではそうではない。

残りの半分は言葉のわかるベトナム人を雇っては「おまえ」などと呼ばわり横柄に顎で使って怒鳴りつけるタイプで、こういう手合いというのは国へ帰れば結局そこでも嫌われていて、つまるところそれでいられなくなってベトナムへ来ただけの人間が、ここには自分より弱い立場の人間が多いものだからそういうことを云って自分を真人間に見せようとしている。


たしかにベトナム人というのは日本人よりも縁を大切にするだろうし、身内とそれ以外で扱いが大きく変わるところもあるけれど、身内以外の人間に何かしてやろうという気持ちはそもそも日本人より大きいはずだ。

助け合いの精神からするのでもないし、「ベトナムのことを好きなってもらいたい」という「ようこそニッポン」的なマインドでやるのでもない。

たぶん、自分にとってそれがなんでもないことで、相手が喜ぶと思えば彼らは自然にそういうことをするのではないかと思う。

これは「サービス精神」とか「職業倫理」とかいうタームで捉えてしまうとそれはそれで大きな間違いを犯すことになるので注意が必要なのだが、まぁたしかにそうしたところはある。

そして日本人ともっとも違うのは、「ちょっとしたこと」がお金で報いられるのを彼らは決して拒まないというところだ。

「お金が欲しくてやったことではありません」

「お金をいただくほどのことでもありません」

どちらもその通りなのだろうが、日本人なら固辞するところ、ベトナム人はありがたく受け取るだろうし、そうして示された感謝の気持ちに対し、彼らはなお一層の奉仕でこたえてくれるだろう。

あるいは簡単にいえば、感謝の気持ちは金を払わなくても伝わっているが、金を払ってもやはり伝わるということだ。

あなたに払える金があるなら迷う必要はないだろう。

だから私は別に荷物を部屋へ運んでもらうような身分でもないが、ベトナムではベルが手を出せば断らないし、済めば100円渡している。

すると何が起こるかというと、夜中に水がなくなってベルデスクへ電話すると1分後に彼が水を5本ぐらい持って現れ、すべてがタダになる。

あるいは私は出張中、夜中に散々メシを食う怪しからん人物だが、おかげで掃除も大変だろうとまたいくらかベッドの上へ心付けをしておく。

そうして部屋へ帰ってくるとメイドは他にできることがないのでMacBookの電源コードをきつく巻いたり、すごい量の歯ブラシを置いていったりしているのだ。

恥ずかしながら、私はその歯ブラシを全部持ち帰る。

おかげでホテルの経営はさぞ大変だろうと思うけれども。

そんなわけで私はお客さまに対し、伸び代のありそうなスタッフには迷わずチップを渡すようお薦めしているのだ。

なかには「あまり高額なチップを与えると慣れてしまってダメになる」というひともいるようだが、私に云わせると「お前は何をいっているんだ」ということにしかならない。

なおこうした報酬や報恩によるコミュニケーションは、たまにホテルの部屋から貴重品が失われるといったような事象とはあくまで独立である。チップの多寡にかかわらず貴重品は持ち歩くか金庫のなかへ保管いただくよう、ご注意願いたい。


そこで本稿もいよいよ最後のところへ来たが、Moc Huong Spaのスタッフナンバー13番もオープンからもう5年目、6年目に入り、歳も30歳に近付いてきている。

なぜ歳を知っているかというと「バオニュートイ!」(「歳はいくつですか」)以外に私はベトナム語ができないからで、「名前はなんですか」が云えないため、彼女の名前はいまも分からないのだ。

ベトナム人の人生観もある世代を境に大きく変わったのであろうと思われるが、それでもやはり、女性にとって30歳は物思うことこれ避けがたい年齢、またはその水準をすでに超えている。

本人にもいろいろとあるだろうが、私としては天職であるところのマッサージをトンドゥクタンの名店・Moc Huong Spaでいつまでも続けてほしいし、その背中にやりがいという穏やかな追い風を受けこれからも励んでもらいたいという願いから、皆さまにはどうかスタッフナンバー13番のご指名と、それからもし彼女の施術と気配りがわずかでも疲れを癒してくれたなら、是非にもその感謝の気持ちをお金で示していただきたいとお願いするものだ。

私自身もさることながらいろいろなものがめまぐるしく移り変わるあの街で変わらぬものが私に必要だとすれば、それはMoc Huong Spaとスタッフナンバー13番のマッサージに他ならないからだ。


そうしてマッサージが終わったら、ロビーにあるソファへ深く腰かけ、フレッシュなオレンジジュースと温かいお茶で一息ついていただこう。

天井から吊るされた鳥かごにお気づきだろうか。ベトナムでは鳥かごは富を象徴する縁起物だ。こんなところにもあなたをお迎えする気持ちが感じられる。

外は雨だろうか。夕方ならそうかもしれない。そろそろ目も覚めてきたころなら私へお電話をいただこう。

すぐにお迎えにあがる。サイゴンの夜が始まるのはこれからだ。

 

 

雄弁な真実、寡黙な嘘。「ダニエル・カーネマンは信用しない」。

天才の話が好きだというひとは多い。

だからといって道を謬らせるような醜い憧れや妬みのない、素直な歓びがそこにはあって好きだ。

きっと子どもが空を指さし、鳥や飛行機に声をあげるのと同じだからだろう。

 

 

我々が天才と出会うためには、少なくともふたつの要素が必要だ。

ひとつは秀でた能力で、もうひとつはその能力が見いだされること。

ギターを持たせれば世界一なのかもしれないが、ギターなど目にすることもなく栄養失調で死んでいく子どもがアフリカにはきっとごまんと居る。

だから我々が天才の登場に胸を躍らせるとき、その半分は天才が日の目を見たという稀なる幸運への感謝であったりする。

 

若い頃に(僕は二年ぐらい前からこういう云い方をするようになった)そういうひとと一緒に仕事をしていたことがある。

きっとその時代の、その場所でしか見いだされることのなかった才能の発露を目にして僕は、自分の夢や望みやフラストレーションをすべていちど脇へおろすことを決めた。

いつの日かこのひとが壁にぶつかって、乗り越えられない日がくるまで、天才もそこまでだったというところをこの目におさめるまではそこにいようと思ったからだ。

そのあとで、もういちど僕は自分の荷物を背負って歩き始めればいい。

そんな日が一生来なければいいという気持ちもあった。だが僕はとにかく道中の小石を掃き、露を払ってよけいな邪魔が入らないよう立ち回る役目を引き受けたのだ。

*     *     *     *     *

ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーはふたりでひとりの天才だった。

タイプライターの前に並んで腰掛け、ふたりで論文を書いているのをみたというひともいる。

「頭脳を共有している」といわれたふたりの論文は「トヴェルスキー&カーネマン」の名で有名になり、心理学の論文であるにもかかわらず幅広い分野に影響を及ぼして、やがて経済学のドグマを激しく挑発するようになる。

「ひとは間違える」ということ。

まるで当たり前のようなふたりの発見は、「人間は合理的である」と強弁する経済学にとり、とてつもなく不都合な真実だった。

ふたりの研究に触発されて行動経済学を生み出し、のちにノーベル経済学賞を受賞するリチャード・セイラーはこう感じたという。

「心理学が詰まったトラックが経済学の内部の聖域に突っ込んで爆発するかもしれない」

かくて行動経済学は生まれり

かくて行動経済学は生まれり

 

お互いにとって誰にも代え難い、いわばもうひとつの自我であったカーネマンとトヴェルスキーは、しかし晩年をともに過ごすことができない。

闊達で魅力的な人物であったトヴェルスキーにめがけて各界の賞や大学のポストがオファーされる一方で、ホロコーストを生き延び「何も信じない」ことを信条とする内向的なカーネマンは陰に隠れるようになり、やがてトヴェルスキーに対する抜きがたい妬みを抱くようになる。

カーネマンの再婚を経て、ふたりはともにイスラエルから米国へ移り住んだにもかかわらず、その仲は険悪なものに変わって共同研究は行われなくなってしまった。

 

知る人ぞ知る、物語の終わりはこうだ。

ある晩、トヴェルスキーとともにニューヨークのアパートに滞在していたカーネマンは夢をみた。

「その夢で、医者がわたしに余命六ヶ月と告げた。それでわたしはこう言った。『それはすばらしい。最後の六ヶ月をこのくだらない研究に費やすことを望む人はいないだろう』翌朝、それをエイモス(トヴェルスキー)に話したんだ」

こうして二人はもう友人ですらないといって、カーネマンはトヴェルスキーのもとを去る。

永遠に、と思われた。

だがその三日後、トヴェルスキーから電話があった。

その日、医師から余命六ヶ月だと告げられたのはトヴェルスキーの方だったのだ。

「彼はこう言っていた。『ぼくらは友だちだ。きみがどう思っていようと』」

エイモス・トヴェルスキーはその年の秋、ノーベル経済学賞を受賞する初めての心理学者になるはずだった。

だがノーベル賞を受賞できるのは、生きている者だけだ。

トヴェルスキーを静かな死が訪れるまで、ふたりはふたたび大切な時間を過ごすが、ついに最後の仕事が完成することはなかった。

そして五年後、いつからかふたりの論文が「カーネマン&トヴェルスキー」の名で呼ばれるようになった頃、カーネマンの自宅へノーベル経済学賞の受賞を知らせる電話が鳴る。

*     *     *     *     *

マイケル・ルイスはノンフィクションを書くのに向いていない。

それは彼がその本に書くべきでないことを長々と書くからだ。

特に今回のようにサイエンスライターの仕事をしようとするなら、この癖は不都合なばかりか不道徳ですらあるが、彼はこれからもそれをやめないだろう。

なぜなら彼が本当に書きたいことは、その冗舌のなかにこそあるからだ。

それはおそらく彼自身をいまの人生に導いた不思議なできごとの数々、つまり人生は偶然に導かれているということなのではないかと思う。

*     *     *     *     *

特等席で天才のその後を見届けたいと願った僕の話には結末がない。

定点観測をしようと思った僕もまた対象とともに歳を重ねたのは誤算だった。

その頃の話をしようとすると、どうしても自分のことを話してしまうのはそのせいだと思う。人間は正確でもなければ公平でもないのだ。

奇妙にこんなことを覚えている。

前置きもなしに職場へ姿を見せなくなって三週間が経ったある日、でっちあげた用事で呼び出すと、彼は換気扇の下でふーっとタバコの煙を吐いてこういった。

「人間は三歩進んで二歩下がる、そうでないといけない」

言い訳だ、とそのときは思った。

いまは分からない。

僕がふたたび自分の道を歩き始めるまでは、それからまだ七年あったことになる。 

 

汚れた血、それから。

ご質問をいただいている。

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ネットというところは甘くない。

こんな質問に答えてしまったら、それこそはまさに私の「柔らかい脇腹」ともいうべき自分の文章への自信とこだわり、羞恥と欲求がまるで露わになってしまい、日夜職場と家庭の板挟みになってストレスを抱えたり、あるいはそのどちらもないことでストレスを抱えたりしている各方面のアカウントによって曝され、嘲笑の的になってしまう。

だがそもそも何年も前、アメブロという恐ろしいところでこのブログを始めてからずっと、そんなことは覚悟していたはずだ。

嗤われて書けなくなったなら、それはそれでグッドバイだ。大人ブロイラーへ行こう。

そういう気持ちでお答えすることにした。

なおリンクはすべてアフィリエイトだ。押して構わない。

*          *          *          *          *

いつもネットでは大変お世話になっております。

 

いくら文章をうまく書けても作家にはなれないと気付いたのは大学一年生のときで、このときまで僕にとり自分がやがて作家になることは自明でした。
しかし文章を書けるだけでは作家になるのに十分とはいえず、さらにはどうみても文章が書けないにもかかわらず作家をやっている者までいるに及んでは、もはや文章を書けることとと作家になることとは無関係であると認めざるを得ず、物心ついて以来の夢が幻であったことを知った僕は親を恨み、身を儚んで大学を休んで就職活動に失敗し、気がつくとサーバールームでマシンのメンテにあたっていました。
その話については以下のエントリーをご確認ください。


俺たちには、働くしかないということ。 - 新宿メロドラマ

 

ところで作家になるとはどういうことなのでしょうか。
実はこの問いはひっかけ問題で、本来答えるべきは「僕は何のために作家になりたいか」に他なりません。
幼い日に物書きを夢見たとき、僕にとり作家とはそれを仕事にして食っていく職業でした。
しかし、そうはなれないと悟ったとき僕の手をすり抜けていった作家の肖像は「語るべき物語のあるひと」でした。
つまり僕にはそれがなかった。自分のどこをどうひねっても、人の心を動かすような物語は生まれてこなかったのです。
本だけはひと一倍読んできたという僕のプライドは、自分の書いた叙情詩のような散文を「悪くない」と自賛して慰めることすら許しませんでした。

 

自分の心が物語を返してこないという問題につき、いったん絶望を経験した僕はそれから迂遠な手に出ることになります。
物語が生まれてくるまで、人とは違う道を行き、人とは違うものを見る。そうしてやがて語るべき物語が自然と口をついて出てくるときまで待とうと僕は決めたのです。

ところが結果からいえば、これはうまく実を結びませんでした。
おかげで良くも悪くも稀有な道を歩んできたとは思いますし、いまだに人生が退屈だとか先が見えたとか思ったことはありません。
わざわざ「何か起こりそうな方、起こりそうな方」を選びつづけて生きてきた結果、「何か起こりそうな状態」に妙に鼻が利くようになってしまい、これが案外カネになるという余禄も少しはありました。しかしそれでも僕のなかから物語があふれ出すということだけは今日までついになかったのです。


いまでも僕が何かを語るとき、それは常に誰かの権利をささやかに侵害しながら明かされる昔話にすぎません。
それがどんなに痛快なエピソードだとしても、たとえば大自然の作り出した光景を素人が写真に収めたようなもので、僕の手がキャンバスに描き出す作品とはまったく異質のものです。
つまり僕は、同じ夢に二度敗れたというべきなのでしょう。

 

三度目に敗れた話はまだできません。
いまやっているところだからです。
いまや僕にとっての作家は「文章で人の心を動かすひと」というところまでシェイプアップされました。
物語を通して、僕は自分の文章が人の心を動かすところが見たかった、結局はそのパワーにずっと憧れてきたのだというのが内省の行き着いた先でした。

これはジェダイかシスかでいえばシスなのですが、ハリウッド映画と違い、人生において正義はやや多面的です。あまり上品でも優雅でもありませんが、そんなことをやっている間に世はまさにインターネット時代。こうしてブログを更新すれば多くの人の目に触れるチャンスを得られるようになりました。

得物がなければ素手しかない。
カネになんかならなくたっていい。物語がなくてもいい。本当だって嘘だって、これでしか手に入らないものがあるのだから。

汚れた血」を撮ったレオス・カラックスは「あなたにとって良い映画とは」とインタビュアーに問われ、こう答えたといいます。
「終わったあとで、もう少し観ていたかったと思うようなそれ」
僕にとって、人の心を動かすというのはこういうことです。

 

ご質問にお答えします。

中学生、高校生という多感な年齢を通して村上春樹の影響を受けたことをまず告白しなければなりません。
地下鉄サリン事件を境に村上春樹の書くものが僕の心に触れることはなくなりましたが、「平易な文章にできること」に目を開かされた恩は簡単に返せるものではありません。

カンガルー日和 (講談社文庫)

カンガルー日和 (講談社文庫)

 

 僕はふだんあまり関西弁を使いませんが、怒りや悲しみや愛情を本心から相手に伝えようというとき(いわば自分の心臓を差し出そうというとき)、関西弁でなければうまくできないことに比較的最近になって気付きました。

以来文章を書くときには、言葉遣いが標準語であっても関西弁で読むべきリズムで書くことがしばしばあります。もしかしたら関西の方にはお気付きいただくことがあるのかもしれません。
「関西弁を標準語で書く」という書き方は、中島らも町田康の作品から学びました。

関西弁の音楽的な表現力は、文字からは読み取れませんが声に出すことで立ち上がるという呪術的な要素をもっていて、恫喝などにも適しているといわれています。

 

アマニタ・パンセリナ (集英社文庫)

アマニタ・パンセリナ (集英社文庫)

 

 

きれぎれ (文春文庫)

きれぎれ (文春文庫)

 

 映画に対する不遜な振る舞いを取り締まる自称映画狂人・蓮實重彦ほど文章に対して不遜な人間はいません。

余りに傲岸な態度、読むことを拒絶するような長文、辛辣というには直截にすぎる諧謔、そしてペダンチズムの悪癖。そのすべてが文章のもつ陰湿な凶暴性を、バロウズやピンチョンとは異なる方向へ示しており、彼の文章を原文で読めることは日本に生まれたちょっとした特典のひとつではないかと思います。
この人は学者でも批評家でもなく作家ですし、それ以外ではあってはいけないというのが僕の考えです。

【バーゲンブック】  映画狂人、神出鬼没

【バーゲンブック】 映画狂人、神出鬼没

 

 最後にどうしてもお伝えしておかなければならないのは、翻訳文学に対する僕の偏愛です。
日本は世界中の作品を自国の言葉で読むことのできる稀有な国です。
この翻訳文化のおかげか、この国では作家よりも遥かに文章のうまい翻訳者が無数に存在します。
文章が書けなくても作家になれるとしたら、文章が書けなくてはなれないのが翻訳者でしょうから、これは当然といえるのかもしれません。
とまれ、幼い頃から翻訳者の手になる海外の作品に触れてきた僕は、いまも日本人の書いた小説をあまり読みません。
けれども翻訳者というのは奥ゆかしい存在で、心に残る名訳を果たしながら、その栄誉は作者にそっと譲ってあとがきとともに消えていくものです。
そこで名前はなかなか出てこないものなのですが、僕の大好きなジョン・ル・カレの作品を多数日本へ紹介している村上博基の名前を挙げておきたいと思います。
「餌」はル・カレの作品ではありませんが、だからこそ、ル・カレ作品に通じる地を這うような暗い筆致が村上訳に多くを負っていることに気付かされる貴重な資料です。

餌 (Hayakawa novels)

餌 (Hayakawa novels)

 

 ご覧の通り、僕自身にとり大切なテーマでしたので長くなりました。
本来もっと時間をかけて考えてみたいところですが、回答があまり遅くなってもいけませんので、いったんこちらをもってお答えとさせていただきます。

ご質問ありがとうございました。
今後ともどうぞよろしくお願いを申し上げます。

*          *          *          *          *

こうして私はリハビリをしている。

「映画」眠れぬ夜のために

「映画」眠れぬ夜のために

無駄なリスクなどない(甘い期待)。

アメリカだかで、娘が自殺したので残された携帯を親が漁ったところ、「匿名で質問ができるSNSサービス」に、クラスメートと思しき匿名のユーザーたちから質問の名を借りた罵詈雑言が寄せられており、こうした「いじめ」を苦にした自殺であるとみられているという報道があったのはもう何年も前のことだ。

 

「必要は発明の母」というが、本来は悪意こそがその称号にはふさわしい。

なにかが必要になったとき、それを発明で乗り切ったという経験をお持ちだろうか。

だが誰かに悪意を覚えたとき、自分のなかから驚くばかりの創意があふれだすのを感じたひとは少なくあるまい。

 

最近いちばん気に入っている発明がこちら。

 

この手のネーミングからは、ある種の立場におかれた人間の可能性を感じさせられる。

 

質問をいただいている。

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以下にお答えする。

*          *          *          *          *

いつもネットでは大変お世話になっております。

 

ご指摘のシーンはおそらく批評というよりも放言に近いものだと思われますが、それには自分の気持ちを伝えたいということよりも、「しっぺ返しを覚悟するなら表現の自由はここまである。うまくすればしっぺ返しもない」ということを伝えていきたいという思いがあります。
デリカシーや思いやりは人間社会に欠くことのできない尊いものですが、同時にこうした「云っちゃう自由」を圧するものであることも忘れてはなりません。
僕はデリカシーや思いやりを重んじながら、同時にそれを無力化する作用もまた社会には必然であり必須であると信じています。
つまりデリカシーや思いやりだけで築かれた社会があるとすれば、その実情はかなり邪悪なものであろうと考えているということです。

したがってこれは原理的に挑発ですし、「煽り」であると自覚もしています。
ですからリスクはいつも意識していますし、怯えてもいますがそうしたコストを負うことこそが責任だとも思います。
おもいやりにあふれたコスト0の発言ばかりが行き交う社会の裏側で、目的を持った奴らが着々と準備をしているというのが僕の悪夢の本質だといってもよいでしょう。

 

「王様は裸だ」という叫びが告発したのは決してひとびとの愚かさだけではありません。
多くの言葉は的外れで、ただ人に嫌な思いをさせるだけかもしれない。
けれども大切なことを暴くのはデリカシーや思いやりの役割ではありません。それらはむしろ隠蔽によって社会を維持しているのです。
だからこそ自分の発言にコストを払う用意のある人間もまた同じように、社会にとって欠くべからざる存在なのだということを考えてほしいという思いは強いです。

実際ネットに限らずしっぺ返しに遭うこともしばしばあり、つらいですが文句をいう筋合いにないのは当然のことです。
今後ともどうぞよろしくお願いをいたします。

*          *          *          *          *

 

今後もこのスタイルでお答えしていくのかどうかは未定だ。

 

ラッセン 2018年 カレンダー 壁掛け 60×30cm クリスチャン・リース・ラッセン

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まどのせさんにお薦めする本。

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ゲーム脳」というのは何だろうねという話だが、それは恐らく、

「ストーリーや設定、『想定された遊び方』にかかわらず、あらゆるミッションをアルゴリズムと反応速度の問題へ還元することで純粋に勝利だけを目的化する態度」

といったあたりで及第点だろう。

問題はもちろん、これを現実社会、日常生活のなかでやるひとがいることだ。

「問題は」と云ったが、実際には特に問題でないばかりか意外とうまくやれることも多いんですよね、という話をまどのせさんとしていた。

まどのせさんというのは、通勤にかかる時間が惜しいので会社から1分のところに住んでいるとか、ダイエットするのにザバスウェイトダウンとスティックシュガーで生活していたとか、要するに物理法則で説明できないことはすべてまやかしか気のせいだと本気で思っているひとだ。あまり風邪もひかないっぽい。

僕はどちらかというと正反対で、敗北にすら好みの味付けをして「今夜のお酒にあう…」などと抜かすタイプなので、そもそも勝利への欲望自体あまり強くないし、だから得意なゲームもない。敗北は数えてない。

そんなわけで僕はまどのせさんのことを少なからず尊敬しているのだが、このひとに「これでも読んどけという本をいくらか紹介してください」と云われたので、恥を忍んでピックアップした。

ちなみに僕はまどのせさんの読書性向については以下の事実しか知らない。

それではいってみたいと思う。

 

1. 「外交 上・下」(ヘンリー・キッシンジャー日本経済新聞社

外交〈上〉

外交〈上〉

 

パワー・ポリティクスの権威であり、ニクソン政権で大統領補佐官を務め、中国との国交正常化を主導したヘンリー・キッシンジャーによる外交の教科書だ。

「パワー・ポリティクス」とは、簡単に云えば「敵の敵は味方」という奴で、これを「当たり前だろう」と思うか、「何云ってるの?」と思うかで人間のタイプは大きく二つに分かれる。

つまり神も仏も、理想も理念もなく、ただ「俺の国が勝ち残ることだけが正義」と腹をくくったゲーム脳の君主や外交官たちが、その時々の利害得失だけで同盟関係を結んでは解消して繁栄を奪い合っているとみるのがパワー・ポリティクスのフレームワークなのだ。

だから「核兵器廃絶」とか、「シリアは(人道的に)超えちゃいけないライン考えろよ」とか、アメリカの勝利条件に関係ないことを云ってしまったオバマはフルチンのガキ扱いされてきたわけだ。

一方歴史的には、ルイ13世のフランスで宰相を務めたリシュリュー枢機卿が最初にゲーム脳に感染し、やがてイギリス人が大々的にもらうというのがキッシンジャーのストーリーだから、この二大国がいまだに「フレカス」「ブリカス」と云われるのに比べ、「スペカス」「ゲルカス」とかはあまり云わないのにはこのあたりに理由がある。

つまりフランス人やイギリス人にとり、自分たちが繁栄し続けることこそが絶対なのであって、少なくとも外交においては正義も人道も倫理も文字通り二の次なのだ。一方の我が国はといえば、「アジアの解放」などと理念を謳って大陸へ侵出した果てにぶっ潰されて、以来アメリカの占領下にある。勝利条件を正しく把握しないプレイヤーは勝てないということだ。

とまれ、このパワー・ポリティクスこそが国際政治の本質だというキッシンジャーが、リシュリューのフランスから現代にいたるまで、時と場所を変えながら、その姿を追いかけるのが「外交」上下2巻だ。それはまるで、「BLOOD+」の小夜がディーバ一族の巻き起こす悲劇を追いかけて300年の時をさまよう姿であり、各地で頻発するジェノサイドの陰にジョン・ポールの姿を求め、クラヴィス・シェパードが旅する「虐殺器官」の世界だ。

 

問題があるとすれば、「外交」は日本ではすでに絶版になっており、マケプで買わなければ手に入らないということと、上下巻ともに600ページを超える大作であり、重くて持ち運びには適さないことだ。寝転んで読むのにもあまり向かない。

あと、こちらにも書いたが僕も「外交」を全部は読んでいない。ただし引っ越すたびに持ち歩いているし、いまはボストンにもある。

それからキッシンジャーといえば昨年、日本では「外交」のアップデート版ともいうべき「国際秩序」が出版された。こちらは内容も「冷戦終結以降の世界におけるゲーム脳とこれから」といったものだからいくらか親しみやすいといえるし、何よりKindle版が存在する。こちらは僕も読み終えた。

どちらも決して読みやすい書物とは云えないが、よく知らない世界についてしっかり勉強してみたいという志をお持ちの方にはぜひともお薦めしたい。

何年かかってもいいんだ。何度もチャレンジしようじゃありませんか。

 

2. 「帝国の逆襲 金とドル 最期の闘い」(副島隆彦祥伝社 

1923年生まれのキッシンジャーはいまだに健在であり、2016年の米大統領選が佳境に差し掛かった5月にドナルド・トランプをニューヨークの自宅へ呼びつけてユダヤ・ロビーからの支持を授けたと副島隆彦が主張している。

中露に対し好戦的な姿勢を崩そうとしなかったヒラリー・クリントンネオコンの巨頭ともいうべき候補であり、当選の暁には必ず戦争を起こしたであろうという見方は一般のアメリカ人の間にも根強い。

これを懸念したデイヴィッド・ロックフェラーの命を受けたキッシンジャーがその日、何らかの確約・条件と引き換えに、トランプ候補に大統領の座を約束したというのが副島隆彦の読みであり、「ユダヤ・ロビーの大物の息子」だという娘婿・ジャレッド・クシュナーに伴われてキッシンジャーの自宅を辞するトランプの写真を掲載した「トランプ大統領とアメリカの真実」で彼は「ドナルド・トランプが大統領になる」と看破した。

とにかく「トンデモ本」を乱発するイメージの強い副島だが、佐藤優はどんな弱みを握られているのか「副島は米国のメディア・人脈から直接情報を引っ張ることのできる日本では数少ない評論家であり、インテリジェンス業界の人間」とかねてより高く評価しており、「トランプ勝利」を事前にはっきり予言したのは彼だけだろうと賞賛している。

ちなみに「トランプ大統領とアメリカの真実」が出版されたのは、実際にトランプがクリントンを破って大統領に当選する実に5ヶ月前のことであった。他方、私はといえばその2ヶ月前に「ヒラリー当選待ったなし」というブログを書いた結果、大恥をかいて謝りもせぬまま放置してある。

そこで何かと毀誉褒貶の激しい人物とはいえ、ここは副島隆彦の書籍を一冊紹介しておく。

副島隆彦は口述筆記でもしているのか、とにかく中盤以降で激してくると普通に言葉遣いがヒートアップしてくるところがいい。さらに最近では陰謀説・危機説を唱え続けて疲れがきたのか「私にだって生活者なりの苦労もあり、そろそろ厳しい」とか「誰も耳を傾けてくれないまま何十年経った」みたいなことを挟むようになってきて味わいが増した。ドナルド・トランプの当選を見事云い当てた前掲書も悪くないが、「帝国の逆襲 金とドル 最期の闘い」などが僕は気に入っている。

また、「見事云い当てた」とはいうものの、副島は昨年さらに「ヒラリーを逮捕、投獄せよ Lock Her Up !? ロック ハー アップ」という書籍を出版、「ヒラリーは投票日を待たずに逮捕、投獄され、獄中から大統領選を継続する」という予言を重ねて、ハズした。勝ちにこだわらない姿勢にも好感を抱いている。

キッシンジャーが仕えたリチャード・ニクソン大統領が金とドルの兌換停止を発表し、アメリカを中心とした世界がついに完全な管理通貨制度へ移行してから、まもなく半世紀が経とうとしている。

この間、「通貨の価値は何が決めるのか」という問いにまともに答えられた人間は存在しない。なぜならそれはなんとなく「ドルは大丈夫」だとみんなが思っている共同幻想に支えられたシステムに他ならないからだ。

だが膨張し続けるドル経済圏をアメリカ一国が支え続けることは困難だと考えられるようになってきており、「ドル基軸体制」が瓦解したとき(それはもしかしたら「ニクソン・ショック」のようにある日突然やってくるのかもしれない)、一時的にせよ世界が金本位制へ復帰する可能性があると考えるひとたちがいる。

こうした懸念をひとつの材料に、ドイツ連邦銀行がアメリカに預けている金(ゴールド)を返還するよう要請したが、なんとアメリカはこれに応じることができなかった。これは各国から預かって保管しているはずの金を、アメリカが秘密裏に売り払ってしまったからだと見る向きがあり、ドル不信が高まる。

ロシアや中国はすでに米ドルによる「外貨準備」の一部を「金準備」に切り替えるべく断続的に市場で金を買い集めていることが分かっている。

しかしそれにもかかわらず市場で金の価格が上昇していかないのはなぜか。

それこそは米ドルによる覇権を維持するため、ETF空売りを通じて金価格を抑え込むオペレーションをアメリカ政府が行っているからだと副島隆彦は主張する。これが「金とドル 最期の闘い」だというわけだ。

 

情緒的な予定調和に期待して腰を振る強く儚き者たちが物理法則によってあっけなく破壊されるのはまどのせさんお気に入りのコメディだが、だとすれば幻想の米ドル基軸体制が信用の失墜によって惑星ごと破壊され、基軸通貨なき世界へ帰する様こそはその壮大なバージョンだといえる。

海外の報道を引きながら同様の近未来史を描こうとするのは田中宇の「金融世界大戦 第三次大戦はすでに始まっている」。ロシア・中国は米ドルに拠って立つ通貨体制に見切りをつけており、その切り崩しを図っているという見立て。海外版はジェームズ・リカーズの「ドル消滅 国際通貨制度の崩壊は始まっている!」(朝日新聞出版)。こちらは各国中央銀行が買い増している金の量を推計し、準備に対する比率を算出している。「あなたも自分の資産に対して同様の割合で金を保有しておけば、通貨制度の崩壊にあたり、国家と同じ生存戦略に相乗りできる」というわけだ。これをゲーム脳と云わずしてなんと云おうか。また、推奨ポートフォリオには同時に「美術品」も含まれている。

このあたりの作品は、過去に以下のエントリーでも紹介していた。


3. 「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 上・下」(白石一文講談社

講談社の創立100周年記念事業として出版された読みやすい小説。

ゲーム脳に悩む(あるいは悩まない)経済学者の世界において、わけても症状が重篤だったミルトン・フリードマン。あまりに有名な「神の見えざる手」というアダム・スミスのアイデアを遙か彼方まで突き詰めた結果、「政府は明確な犯罪以外は何も規制するべきではない」という境地に達し、ロナルド・レーガン大統領が推進する新自由主義の理論的支柱を提供することになった真性のゲーム脳だ。

本作では、週刊誌の編集長を務める主人公が、幼くして逝った息子の幻影と、その死に背を向けてリベラリズムに逃げ込む妻、自らの癌と極めて生物的な性を見つめながら、各章に配された独白でミルトン・フリードマン、それから小泉純一郎の提唱する新自由主義を淡々と批判し続けるという一風変わった構成をもつ。

「淡々と」というのはつまり、「保守 vs リベラル」の論争にありがちな「ロジック vs 感情論」「利益 vs 価値観」ではなく、「強い者が自由を享受し、勝利へのモチベーションを維持することで弱者もまた最適に幸福を得る」という保守のロジックに対し、主人公もまた極めてロジカルに批判を展開することを意味する。

金持ちが貧乏人のために働かねばならない確かな理由がある。 マルキシズムの復活を防ぐためだ。  

ナカヤマのような男は、たとえば自分が秀才だという現実が、彼より勉強のできない多くの人間の力によって支えられていることが分かっていない。美人が自分だけの力で美しいと自惚れているようなものだ。美人が美人でいられるのは、彼女より醜い女性が大勢いるからにすぎない。 

内閣府が発行している『障害者白書』の平成一八年版によれば、「現在、日本全国の障害者数は、約六五五万九〇〇〇人」となっている。その内訳は、身体障害者が約三五一万六〇〇〇人、精神障害者が約二五八万四〇〇〇人、知的障害者が約四五万九〇〇〇人だ。

しかし、この知的障害者の総数は、非常に疑わしい。

人類における知的障害者出生率は、全体の二%から三%といわれている。だが、四五万九〇〇〇人だと、我が国総人口の〇・三六%にしかならない。欧米各国では、それぞれの国の知的障害者の数は、国民全体の二%から二・五%と報告されているのだ。「日本人には知的障害者が生まれにくい」という医学的データは、どこにもない。要するに、四五万九〇〇〇人というのは、障害者手帳所持者の数なのである。現在、なんとか福祉行政とつながっている人たちの数に過ぎない。本来なら知的障害者は、日本全国に二四〇万人から三六〇万人いてもおかしくないはずである。

結局、知的障害者のなかでも、その八割以上を占めるといわれる軽度の知的障害者には、前述したような理由から、福祉の支援がほとんど行き届いていない。したがって、障害が軽度の場合は、あえて障害者手帳を取得しないケースも多くなる。現状では、軽度知的障害者が手帳を所持していても、あまりプラスはなく、単なるレッテル貼りに終わってしまうからだ。

こうして、数多くの知的障害者が、生まれながらの障害を抱えていながらも、福祉と接点を持つことなく生きているのだ。もともと、社会や他人と折り合いをつけることが不得意な人たちだ。だんだんと社会の中での居場所を失い、それに貧困や虐待やネグレクトといった悪条件が重なれば、すぐに刑務所に入るようなことになってしまう。

このように主人公は、競争環境を守るための「自由」などはそもそもがまやかしであり、その結果として健全な競争社会が実現するなどは人間の本質を無視した机上の空論であるとフリードマンを追い詰めていく。

しかしこの小説をもっとも興味深いものにしているのは、こうした論を展開しながらも自身は壮絶な社内政治を生き抜き、政界を向こうに立ち回ろうという主人公が最終的にたどり着く境地だ。そこでは「自由競争と結果平等」「伝統と革新」といった、従来の保守とリベラルの対立軸がもはや社会に均衡をもたらさなくなっていることが明らかにされる。

この問題は、実は先の米大統領選でドナルド・トランプに勝利をもたらした一因であり、彼の勝利がきわめて予測しにくいものであった一因でもある。もはや(米国の)社会は従来のマトリクスでは充分に捉えきれなくなっているということを多くのインタビューから読み解く「アメリカ政治の壁――利益と理念の狭間で」(渡辺将人/岩波新書)を併せ読むと理解が深まる。

 

4. 「アンダーワールド」(ドン・デリーロ/新潮社)

アンダーワールド〈上〉

アンダーワールド〈上〉

 

いつものように世界に先駆けてぶっ壊れつつあるアメリカの戦後一大叙事詩ともいうべき小説。ぶっ壊れつつある社会つながりとして。

1997年に刊行され、十字架の向こうに屹立する世界貿易センタービルの写真を表紙にした本書は、

「このビルがぜんぶ粉々に崩壊するのが目に浮かびませんか?」

彼は俺の方を見た。

「それがこのビル群の正しい見方なんだと思いませんか?」

という一節を腹に抱えている。

それはもちろん、ツインタワーが同時多発テロによって実際に崩壊する前のことだ。 

つまらぬ符牒を「予言」などとあげつらうことには編集者以外、みないささか居心地のわるさを感じるものだが、本書に限っては、戦後「アメリカ社会の不安」の本質は決してソ連から飛来する弾道ミサイルではなくアメリカの繁栄そのものに内在したというデリーロの執拗な筆致をもって、本書刊行以来つづく恐怖と混乱の連鎖を予言したと云っても決して過言ではないだろう。

これもまた上下巻ともに600ページという大作だが、いま見たらKindle版が存在しており「『アンダーワールド』をベッドに寝転がって読める時代か…」と怖れをなした。

 

5. 「ゴッドスター」(古川日出男/新潮社)

ゴッドスター

ゴッドスター

 

この頃、小説にとってはスピードだけが価値だと思っていた、という古川日出男による読点(「、」)のない小説。改行と句点(「。」)だけで構成されている。この姿勢をゲーム脳と云っていいのかはやや考えるところだが、「走って殴ってザバス飲め」というまどのせさんの座右の銘にはふさわしい作品、そして作家だと思う。

僕もまた古川日出男の小説のいくつかが大好きだったのだが、それは「13」「沈黙/アビシニアン」「ベルカ、吠えないのか?」「ハル、ハル、ハル」ときて、この「ゴッドスター」で一段落してしまった。要するに僕がスピードについていけなくなったということなのだと思う。

なのですみません、まだどれも読んだことのない方には「ベルカ、吠えないのか?」がお薦めです。

 

6. その他の小説

さて、大上段に構えてお送りしてきたこのエントリーも書き手の限界を迎え、あとはただただ好きな小説をご紹介する恥ずかしい段階へきたようだ。

まず、以下のエントリーでご紹介した「ブルー・シャンペン」(ジョン・ヴァーリイ/ハヤカワ文庫)。

 

エントリーのなかで何度も云っているが、本当に恥ずかしいリストはこちらだ。


あと、こちらで紹介していた「ゴースト≠ノイズ(リダクション)」(十市社/東京創元社)も好きだ。

学園ものライトノベルの構造なのに、プロットと筆力でライトノベルから一歩踏み出している。

こういう作品を「たかが叙述トリック」みたいに云ってしまう風潮が僕は好きではない。なぜなら僕はそういうのに気付かない読者だからだ。

 

以上、長くなったが誰かに本を薦めるのはなかなか緊張するなと思った次第。

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