おかげさまで12月も残り少ないので、引き続き駆け足にて今年読んだ本を振り返っていく。
TPPが大枠合意にいたり、不安がる国民に向けて「TPP断固阻止!」を叫んでついにブレイクを果たした堤未果。
とかく現状維持のモメンタムが強い日本ではこの手の言説は容易に強い影響力をもつ。
大学でアメリカに渡り、ジャーナリズムを専攻したあと9.11テロ後のアメリカ社会に疑問を感じて帰国、その後はアメリカ社会の行き詰まりを、大企業に操られる政府という構図から暴き立てるのを自分のシマと定めて活躍中の方。
昨年末に続き、今年の1冊目と2冊目に読んだのは彼女のルポだった。
アメリカの農業がどのように商業主義にまみれており、日本をふくむ世界の食卓を脅かそうとしているか、製薬業界や保険業界がどのように「オバマ・ケア」の理想をねじ曲げ、結果として米社会の格差をどれほど拡大させたか、あるいは学費の高騰により、どれほどの学生が学費ローンの返済に苦しんでいるかなど、その報じる様子は日本の近未来を占い、それに備えるためにも知っておいて損はない。
「奨学金が返せません!(怒」←なんで怒ってんの?
とかいう嘆きの声が報道にのる日本の現状がまだいかに甘いかは分かっておこう。
なお、これは昨年読んだのだが、ジャーナリストになるまえの堤未果が書いた「はじめての留学」は、この人のバイタリティを知り、「まぁ、悪いひとではないのだろう」と理解するのには役に立つ。
米留学に対してポジティブなイメージだけをもっていたい人にもお薦めだ。
はじめての留学 不安はすべて乗り越えられる! (YA心の友だちシリーズ)
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逆にネガティブなイメージをもちたい人にはこちら。
作者は留学業界の西太后みたいな人だと聞いた。「西太后」っていうのはいま、イメージだけで僕が云った。
8冊目に読んだのは「イスラーム国の衝撃」(池内恵/文春新書)。
この先生は「イスラーム国」をめぐっていまも数多くのメディアに言及される立派な研究者なのだが、「宗教学たん」を名乗る人物による剽窃に対して述べられた以下の一節で私のハートをバキュン、と撃ち抜いた。
それは、今匿名を盾に逃れたとしても、私は公開しないが、ほかに多くの人が実際には知っていることなのだから、やがて明らかにされる。そういうものなのである。
往々にして、こういうことは、人生のもっとずっと重要な時に、やましいことが発覚しては困る時に、出てくる。
そういう傷を抱えている人間は、やましいことが発覚しては困るような、人生の一大事を避けて生きなければならなくなる。
特に研究者を志しているのであればなおさらである。研究者はやがて、どんなに小さくとも、自分の説を世に問わなくてはならない瞬間が来る。命を取られるわけではないが、命がけの跳躍をしなければならない。その時に、何か引っかかることがある人は、飛ぶことができない。それを言い訳にして飛ばない。そうして過ごす無為な時間は、自分と周囲の他人を何よりも蝕むものである。
人生というのはやはり、そういうものなのだ。
運命を怖れることが、まず我々によりよい人生をもたらしてくれるであろう。合掌。
今年の6月にはついに中国の株式バブルが変調を来たし、8月末には大崩壊!と報じられたが、実際には8月に失われたのは昨年11月の上海 - 香港接続を契機に買いあおられた部分であって、それ以前からのホルダーは別に損も得もしていない。
ただ、上海出張で連れてっていただいた店の小姐は株価急落のまさにその前週、買いで入ったばかりだというから笑えた。
「大丈夫、習近平はこのまま事態を放っておくほどバカじゃないよ。ここで早売りしちゃいけない。頑張るんだ」と励ました翌日、私は自分の持ち分を全部売った。
中国の民主化など、原理的に不可能なのだから圧力をかけるのは無駄だし、期待するのもおかしいという論にはあらためて納得した。理由については本書をご一読のこと。
なお、香港の会計士に云わせると「資本の自由化?そんなことしたら中国人がみんなお金もって海外へ逃げちゃうでしょうね。永遠に無理だと思いますよ」とのことであった。
なにかと現地へ足を運ぶのにはそれなりに収穫がある。
18冊目は小説だがジョン・ル・カレの最新作「繊細な真実」。
ジョン・ル・カレはそろそろハッピーエンドを書かないのかなと思って毎度新刊を手にするのだが、今回も案の定ダメだった。いずれこのまま死ぬのだろう。自身スパイであったご本人の人生がハッピーに幕を閉じるよう心から祈る。
しかし本作はを読んでいる途中で(これは・・・)と気付いたのが主人公である青臭い外交官のモデル。
最後に参考文献として挙げてあった通り「独立外交官」(カーン・ロス/英治出版)の作者の模様。
イギリスの国連代表部に所属していた若手外交官だった作者は、民草の命なにものぞと国家同士のプライドをとやかくする国際政治の世界に辟易し、イラク戦争への参戦を決めたブレア政権の欺瞞を暴いて退職してしまう。
その後は「フリーの外交官」として、新興独立国家の政府代表として国連での交渉にあたっているという。
偉いなぁとは思うが、そんなあなた一人の思いや行動で何かが変わるほど国際政治はヤワじゃない。
だからこそジョン・ル・カレの小説はいつも、あんな終わり方をするのだ。ル・カレが彼に注目していたというのは非常に興味深い話だけれども、それとてハッピーな終わりは用意されていない。
外交というにはあまりにイージーな話だけれども、「歴史」を修正すべしという日本の世論に一石を投じようとしたのが、本年43冊目の「『平和のプロ』日本は『戦争のプロ』ベトナムに学べ」(大武健一郎/毎日新聞出版)。
「平和のプロ」とか「戦争のプロ」とか、どっちにせよ穏やかでないしわかりやすくもないのだが、ベトナムにかかわる者であれば、いくつかすっと入ってくるフレーズが見付かるかもしれない。
・歴史は勝者が決める。だから戦争には絶対に負けてはいけない
・日本は戦争に負けたのだから、歴史を修正しようとしても無駄だ
・ベトナムは死者の数を考えれば、実際には米国に負けている。だが歴史を他の国の手で作らせないためには、絶対に負けたというかたちを作れなかったのだ
・戦争は勝っているうちに自分から謝って、終わらせるのが一番うまいのだ
という、筆者の友人たちが語る言葉の数々。
三世代同居があたりまえのベトナムにおいては、祖父母が孫の人格形成に与える影響が大きい。
だからいまの若い世代の「日本好き」は、彼らの祖父母が日本に対して抱いている好感から生まれたものだという指摘には少なからず共鳴するものがある。
さらに云えば、次の世代が日本とどういう付き合い方をしようとするか、運命はすでに決しつつあるということだ。
最後に、これはもう過去のエントリで長々述べたので紹介まで。
12冊目に読んだのが「おとなしいアメリカ人」(グレアム・グリーン/早川書房)。
年老いたイギリス人と若きアメリカ人が、サイゴンでひとりのうら若いアンナム娘を奪い合う。
自分たちはインドシナに何を期待し、何を期待しないのか。
ベトナム人の「愛」は何に応えようとするのか。
極めて深く示唆に富む名作である(本書が、である。私のブログのことではない)。