アメリカでは、と語るほど私はアメリカというところを知らない。
だが公平な意見を聞きたいならインターネットは正しい場所ではない。
だから時が経つにつれ洗練されていく圧倒的な暴力の高まりを日々周囲に感じながら、私は今日も云いたいことを云うだろう。
この世でジャズよりは多少マシな音楽にクラシックがあって、それでもクラシック音楽の理解度で全人類を並べれば私はたぶん最後から二億番目ぐらいだ。それこそ子どもにも劣る。
ボストンには腕に覚えのある市民の演奏するクラシック楽団があり、無数にある教会のひとつでチャリティコンサートを催すというので高いカネを払って鑑賞に行く。
高いカネというのは四十米ドル。物価の高さに定評があるボストンでもこれだけあればまともな店で大人二人が晩飯を食える。ただしまともな店というのはトイレが自由に使えるという程度*1のことで、このレベルではまだナプキンは紙だ。
楽団のディレクターは多少気合の入った若者だと聞いていて、この男がいくばくかの報酬をつまんでいる以外、コンサートの運営にいたるまですべてが無償のボランティアによって賄われているという。
客はまず演者の家族に職場の同僚だというのが弱めだが、何せオーケストラなので演者の数が多くこの集客力もバカにならない。土曜の夜といってもアメリカは本当にやることがないから職場の同僚がさらに自分の家族を伴っている。どうせみんなそのへんに住んでいるのだろうからなんやかんや顔なじみも多そうだ。
まったく哀れな話だ。そうは思わないか。
5時に仕事を切り上げて家で子どもと遊ぶのが悪いとはいわない。だが子どもがいなくたって職場を出ればチポトレ*2でも食って家に帰る以外ほかにやることもないのがアメリカの現実だ。それはなにも持ちあげるようなことじゃないんだ。
「消費の質という意味でいえばアメリカはいまだに中国並み」と云っているひとがいたが、いまだにそうなら死ぬまでそうだろう。だから買い物も楽しくない。ボウリング場は不穏だしカラオケはないし、バレエは下手だし映画館は寒い。*3ボストンは比較的リベラルだから近くの公園では過去に男性も性的暴行を受けている。*4
食事はもっとひどい。酒だってまずい(ただし酒がうまい国は少ない)。店も遅くまでやれない。
「アメリカ人は職場での飲み会をしない」などというが、うまくて安くて遅くまでやってる店が近くにありさえすればアメリカ人だって課をあげてドンチャンやりたくなるのは当然だ。*5ただ、ないのだ。どこにもそんな店は。安くてまずい店か、高くてもっとまずい店しかないのだから飲み会なんかやるわけがないだろう。
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ところで、「アメリカ人は味を評価しない」とある人が云っていた。
「彼らの飲食店に対する評価は、店の内装とイメージが六割、サービスが三で味は二割ぐらいしかない」
十一だ。
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たしかにアメリカ人は家族と多くの時間を過ごすのだろう。だがそうでなければ5時以降は犯罪かディアゴスティーニぐらいしかやることがない。
この国にはほかにやることがない。
それがクリスチャニティなのかどうか私には詳らかでないが、アメリカには誰も得しない集まりを支えるコミュニティの力が強い。*6
ボストンとてそこそこの都会だが、なお年老いたマイルドヤンキーみたいなのがどこからか現れてはこの手のイベントをいちいち盛り上げている。
盛り上げているとは云ったが、しかしそのへんに住んでいるボランティアのアメリカ人というのは往々にして声の小さい年寄りで、穏やかというよりは常に何かに怯えている。*7教会にいる連中は特にそうだ。イレギュラーな出来事に弱く、表情は一様にぼんやりとしていて、なにより全員が白人だ。
なお彼らの馬力はよくて四人で一人前だ。「切符を取り置きしてもらっている」と受付へ告げると、なぜか額を寄せ合い不吉な表情でひそひそと話し合ったあと、ひとりがそっと封筒を差し出して、
「ここにチケットが入っている。開場はまだだがこのあたりにある椅子はどれも利用してもらって構わない」というようなことを話すのに一分かかった。
すべて見ればわかる情報だ。
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ところで実は私はクラシック音楽のコンサートが嫌いではない。ジャズよりは好きだ。
なんというか、やはりビートが利かないのでアルファ波が出ざるをえないし、結果寝ていてもそれはそれになるのがいい。
そうでなければさすがに行かない。
会場では第一部の終わりに少女のスライドが出た。
聡明で、勇敢で、重病を患っていた彼女はもうこの世の人ではない。
今日、私たちが支払ったチケット代は彼女の名の下に、このオーケストラへ参加する才能あるアーティストへのスカラシップに充てられると彼女の両親が話した。
「皆さんのご支援に感謝します」
私は泣いた。
客電があがると隣の席で子どもがひとり、信じられないぐらい深く眠っている。
トイレへ向かうTシャツの男がその姿をみて大笑いしながら通っていった。
「分かる、俺もこの手の音楽はさっぱりだよ!」