「事実を先に述べます。
私はニューヨーク支店の米国債取引で約十一億ドルの損失を出しております。」
1995年7月、1通の「告白文」が東京にいる大和銀行の頭取へ衝撃を届けた。
「大和銀行ニューヨーク支店巨額損失事件」の発覚である。
告白文の主・井口俊英の「告白」は徹頭徹尾、
「損を出したのは自分が悪いが、自分ひとりにここまでやらせた銀行はもっと悪い」
という論調が貫かれており「すがすがしいバカ」という印象が強い。
このような不祥事を直接頭取殿にご報告することにしましたのは、当行が打つべき手を打つ前に外部に本件が漏れて、当行が一層不利な立場に追い込まれることがなき様、これ以上当行に損失が生じない様配慮したものです。
「配慮したものです」って。
損失ならもう出てるよ、お前のおかげで。
とにかくこのへんはもう、ファーwwwwwwwwっていう感じなのである。
なお「バカ」とは云ったが頭脳は非常に明晰で、「告白」では事件の経緯と真相が丁寧に描きこまれており、読み物として面白い。
何度云っても私のブログから本を買わない皆さんのために、少し解説しておく。
井口先生が損失を出したのは米国債の証拠金取引で、差し入れた担保に対してレバレッジをかけた取引が行われていた。
最初に変動金利債で軽めの損失(5万ドル)を出したのが1983年だから、その後10年あまりにわたって先生は膨らみ続ける損失を隠しおおせていたわけだが、これが可能だったのは彼が顧客の米国債を預かるカストディアン業務とトレーディングを兼任していたからだと「告白」では明かされている。
つまり井口先生は、自分が出した損失を、顧客から預かった米国債を勝手に売却することで穴埋めしていたのだ。
これがニューヨーク連銀や大蔵省(当時)の立ち入り検査を毎回パスしていく様は手に汗握るが、実際パスしていくのだから先生の逆ギレにも一理はある。実際、大和銀行は「現地採用」の井口先生以外にも米国で逮捕者を出している。
しかし11億ドルという鬼のような損失を出すまでにこの人が相場に負け続けたのはなぜか。
まず下手だったからということを挙げないわけにはいかない。
特に経済や金融を学んだわけでもなく、またニューヨーク支店には指導を受けられるようなトレーダーもトレーディング部門も存在しなかったため、井口先生のトレーディングは独学であり、そのトレードはすなわち巨額を張ったOJTであった。
また、トレーディングにおいて「負けない人」というのはいない。
だから機関投資家であろうと個人投資家であろうと、プロはリスクヘッジとは別の次元でダメージコントロールの仕組みを用意している。
端的にいえば「損切り」の仕方とそのタイミングを頭に入れて売買をしているということだ。
だが銀行に隠れて巨額のポジションを動かしていた先生に損切りの余地はなく、損失を穴埋めせんとテーブルに載せるチップを増やしていけば、これは誰でも負ける。
そういったトレーディングの基礎・常識がないまま、たまたま手を出したディールに成功し、トレーダーに祭り上げられてしまったのは今から思えば本人の災難といえる。
だが、そんなことよりもっと重大なのは、井口先生のポジションが巨額の含み損を抱えていることがニューヨークの米国債トレーダーたちにはバレバレだったことだ。
基本、井口先生の不正行為はバレない。
損失を出しても、顧客の米国債を売却して損失を穴埋めしても、検査のときに残高証明を切り貼りして改ざんしても、将来の逃走資金(本人がなんと云おうと、これは逃走資金)として銀行のカネを自分の個人口座に振り込んで(!)も、バレない。
だから最後は本人が告白文を書くことになる。
だが皮肉なことに、ダイワのイグチが巨額のショートポジションを抱えており、含み損が拡大しつつあることは、先生が利用していた外部のディーラーを通じて業界内に知れ渡っていたのだ。
まさか銀行に隠れて取引をしているとは思わないから、なぜイグチが解雇されないのかには首をかしげたことだろうが、しかし相場が逆行するなかでダイワがいずれこのショート(空売り)をカバーするべく高値で米国債を買い戻さなければならない日がくることを、他行のトレーダーたちはよくわかっていた。
要するに、相場の裏に隠れた彼らが、当時世界最大の米国債プレイヤーとなって(しまって)いた大和銀行ニューヨーク支店の逆を張って相場をつりあげていったのだ。
現在でもヘッジファンドなどの規模がふくらみすぎると、相場に動きを読まれて裏をかかれるということから、ファンドマネージャーはあまりこれを好まない。
だが井口先生は、いまや市場全体が自分を注視しているのにも気付かず端末に向かって「なぜ・・・なぜなんだ!!」みたいなことを云いながらナンピンを繰り返していったわけだ。
恐ろしい話だけれど。
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「いま買えばいい株」スレの名言集が好き。
- 疑わしきは成り買い
- 軽めの逮捕
- 売ると損が出る症状
- 今日儲かってる奴は下手糞
- 情弱の石油王
- 狼狽買い
「売ると損がでる症状」あたりがほんとじわじわきて、好き。
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井口先生の「告白」のなかでも印象的なのは、10年あまりにわたって損失を隠し続ける間、家族も、ある種の名声も手に入れたのに、いつか手放す日が必ずやってくるとわかって日々を過ごす彼の見上げる、暗い空。
何度も何度も、彼は心中に抱えていた苦しみの大きさについて繰り返す。
そうなると11億ドルという金額の大きさよりも、12年という時間のながさの方が重い意味をもって迫ってくるようだ。
嘘をつくことは、自分の明日を少し殺すことだと思った。
「嘘で固めた学歴を実力でカバーするため、他人より一層努力した」
ウソで固めたキャリアをもつ人はその「後ろめたさ」から敵をつくらない。そこでどうするかというと、絵に描いたような完璧な「いい人」を演じる。
先生もきっと、よく勉強したに違いない。
ニューヨーク支店長は本店の役員会議に先生を引っ張り出し、「ニューヨークでは、井口くんが入らないと市場が動かないといわれている」と誇らしげに紹介したという。実際に起こっていたことを考えるとブラックジョークとしか云いようがないわけだが。
しかしそのときの本人の気持ちたるやと思うと食事ものどを通らないというものだ。
僕も大手銀行系SIer出身者を詐称していた間は苦しかった。
だから必死で勉強し、敵を作らず魅力的なブログで人気集めに精力を傾けてきたのだ。
なお本件詐称につき、僕はすでに弁護士へ照会しているが、彼の見解は「セーフでしょ」であった。
しかしそもそもこの弁護士が「アウト」だと云うのを聞いたことが、あまりない。
東京出張でホテルにデリヘルを呼んでいるのも「自由恋愛なのでセーフ」と公言していたような人物だ。
自由恋愛、って。
今日も、彼の明日が少しずつ死んでいく。