FRBはついに2015年内の利上げを果たした。
いまやマクロ経済における役割を「シャーマン」と称される中央銀行総裁にとって、金融政策の失敗より恐ろしいのは市場へのメッセージが一顧だにされなくなることだ。
このためには金融政策の先行きについて、あらかじめ市場に織り込ませるための「フォワードガイダンス」を発しながら、かつその内容については必ず実行するという「コミットメント」が欠かせない。
世界規模の群集心理に揺れる大海原で、唯一針路を示す灯台たる中銀がオオカミ少年になってしまっては後戻りができないということだ。
そういった意味で、原油価格の低迷や中国景気の後退といった不安要素を抱える株式市場をにらみながら、6月以来の神経戦を経て12月での利上げといったコンセンサスを練り上げ、実行に移したイエレンは立派にその職責を果たしつつあるといえる。
イエレンはその慎重さと政策実行能力ゆえに引き続き発言を注目され、注目されることによってのみ、市場を混乱と恐慌から遠ざけることができる。これぞまさにシャーマニズムという他ない。
しかしすでにハイイールド債(低格付けのジャンク債)ファンドの相次ぐ清算が報じられているように、利上げはすなわち自己資本比率の低い金融機関や事業法人にとり存亡のリスクが高まることを意味する。
現状ではまだ日銀がQQE(量的・質的緩和)を実行中だし、ECB(欧州中央銀行)もこれを継続(あるいは必要に応じて拡大)していく意向を示しているため、一挙に世界の景気が後退したり、破壊的な信用収縮が起こったりする怖れはそれほど高くないが、米FRBだけが、今回とそれに続く一連の利上げによって人類史上初の大規模金融緩和から「いち抜け」られるわけではない。
情報技術の発達と規制緩和により、金融の絆ががっちりと繋ぐこの世界はすべて、運命共同体だ。つまり金融の世界をモチーフにした異色のテレビアニメ「C」でいう、
真榊「決まりは決まりで、ございますので」
というところだ。
しかしFRBに続き日銀が、そしてECBもまたQEを終えようと模索し始めるいずれかの段階で、世界中にあふれ出たマネーは急激に逆回転を起こし、新興国を中心に金融危機を引き起こす怖れが高いと考えるのが道理だ。結局利上げもここまでで、FRBとて数年以内にふたたび緩和方向に舵を切らざるをえなくなるという観測も一部で出ていると聞く。
これがいわゆる出るに出られぬ「ホテル・カリフォルニア状態」だ。
この言葉と、その危機的状況について日銀を例にあげて分かりやすく教えてくれるのが「日銀、『出口』なし!異次元緩和の次にくる危機」(加藤出/朝日新聞出版)。
さて、この問題が結局終息せずに、70年代以降の「ドル基軸体制」が崩壊し、事実上の「金本位制」が復活すると予言している人たちが多数存在する。
中央銀行が実体経済の回復という過剰な使命感に酔い、純粋な金融政策の番人としての役割を大きく踏み越えたがために、現在流通する通貨の価値は、つまり米ドルと一定のレートで交換できる「ドル兌換貨幣」の価値は、ドルの信用崩壊とともに崩れ去るだろうという話だ。
では現在各国通貨があまねく「対ドル」でその価値を確認している、そのドルは何に対して暴落するというのだろうか。
その答えは金、ゴールドだというのがこうした論者の一致した見解だ。
最大の理由は、金の産出量は限られており、供給量の予測可能性が高くて急激に増加する怖れがないため、価値の保存機能が高いという点にある。
極論すればドルがドルとして価値を維持していたのも、「一定のレートで金を買える」(金と交換できる、つまりある範囲の価格で兌換性が担保されている)状態が続いていたからで、無節操な金融緩和の結果、ドルの価値は下がる一方なのだから、やがてその信用は失われ、人々は金そのものを手にしなければ安心できなくなるであろうということにまでいたる。
まず日本の田中宇は、グローバル化した資本市場は脆弱性を高め、ドル基軸による金融覇権を築いた米国に対する攻撃を容易にすると論じる。
本年21冊目は「金融世界大戦 第三次世界大戦はすでに始まっている」(田中宇/朝日新聞出版)。

金融世界大戦 第三次大戦はすでに始まっている (朝日新聞出版)
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米国は米ドルが基軸通貨である(究極的には両替なしに原油を直接買い付けられる通貨である)のをいいことに、カネが必要なら米ドルを自分で刷ってバラ撒いてきた。
しかしこれを続けていると、徐々に金に対してドルの価値が低下して、金の値段が上昇する。
これを避けるために米国は、各国から預かった金を影で売却してきたのではないかという疑いが囁かれている。
さらに現在ではその金在庫も底をついたため、米国財務省の手先となった大手投資銀行が金の先物やETFの売りを通じて金相場を抑えつけているとまで考える人もいる。
これが「金とドル 最後の戦い」である。

帝国の逆襲――金とドル 最後の闘い (Econo-Globalists 16)
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これを陰謀史観と片付けてしまうのはやや早計で、実際にロシアや中国をはじめ、各国が金の保有高を高めてきていることがわかっている。スイスでは政府に対し外貨準備の一定割合を金で保有するよう求める国民投票が行われた(結果は否決)。
本年40冊目に読んだ「ドル消滅」(ジェームズ・リカーズ/朝日新聞出版)の著者は、各国政府が市場で金を買い進めているにもかかわらず金価格が低迷していることについて、以下の様に読み解いている。
大量の金を持っている者は、現状どおりの紙幣制度のほうが望ましいと思っているので、金を持っていることを認めたがらない。少量の金しか持っていない者は、魅力的な価格で金を取得したいと思っており、金の争奪戦が手に負えなくなった場合の価格高騰を防ぎたいので、金を持っていることを認めたがらない。金をけなしている人々と金を支持している人々の間で、貨幣としての金という問題を当分の間、表に出さないでおくことで利害が一致しているのである。だが、この状態は長くは続かないだろう。金をふたたび貨幣化する動きはもう止められなくなっているからだ。
政府債務は政策的に誘導されるインフレによってしか解消することができないが、もはやそれすらも非現実的な水準に達しつつあるなかでは政府発行紙幣の信用が崩壊することと、超国家機関による信用補完で新たな秩序への移行が果たされることは不可避だとリカーズは説く。それがすなわち、「中央銀行の中央銀行」としてのIMFであり、ドルに代わる基軸通貨・SDRの台頭だ。
このとき各国に割り当てられるSDR(特別引き出し権)の比率は、もはや価値を失った米ドルによる外貨準備高ではなく、金の持高に応じたものになる。各国政府はこの事態に備えて米ドルの持高を金に切り替えつつあるというのがリカーズの見立てである。
米国債の持ち高を減らしつつ市場で金を買い進める中国の人民元がSDRのバスケットに採用されると発表されたのは、こうしたダイナミズムの一端であると本書が予言した通りだ。

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しかし金融緩和がもたらしたのっぴきならない事態と、それが現代の貨幣経済に及ぼす影響、ではそもそも通貨とは何か、信用とは何かといった問題から結論を導き出す過程には学ぶところが極めて大きい。
世界経済と通貨のこれからについて考えたい人には、結論にかかわらず強く推薦できる。今年の年末年始に腰を据えて歯ごたえのある本を読みたいと考えるならば是非といったところだ。
昨今話題のビットコインが、なぜ既存の通貨に置き換わる可能性を秘めているのかというところにまで、考えを進めることも可能だろう。